2017/12/28

墓銘録2017

昨年は思い入れのある音楽家が亡くなるたびに、急遽即席で絵を描きツイッターにアップ、ということをやっておりました。年末にそれらを墓銘録2016としてまとめましたが、一応今年もやることにしました。しかし、もう飽きちゃってイヤイヤ描くはめになり、ツイッターには最初の2枚しかアップしておりませんので、その他は全て初公開です。描いた時期もバラバラなので、出来栄えにもかなりムラがあります。

ルールは昨年度と同様、ミュージシャン本人の似顔絵ではなく、あくまでも「そのミュージシャンに仮装しているスミルノフ教授の似顔絵」であることを申し添えておきます。

2017.01.31 ジョン・ウェットン

ジョン・ウェットン

昨年はキース・エマーソン、グレッグ・レイクというプログレッシブ・ロックの大物が相次いで亡くなりましたが、今年もプログレ界の巨匠の訃報で幕が上がり、驚きを禁じえませんでした。

絵の方はUKのファーストアルバム、邦題「憂国の四士(1978年)」です。ジョン・ウェットンだけヒゲを生やして黒縁のメガネをかけさせてみました。いきなり地味ですいません。

以前、「女子カーリングのプログレッシブ・ロックな世界 」という記事で、イエスを中心としたメンバー変遷を図示しましたが、このようなプログレ界における激しいメンバー交代の中心にいたのは、彼であったとも言えるのではないでしょうか。キング・クリムゾン、UK、エイジアの他にも、ロキシー・ミュージックやユーライア・ヒープとの関わり、そしてリック・ウェイクマンとのスーパーバンド構想など幻に終わったものも数多く、まさにロック界のキーパーソンでした。特にエイジアの成功によるプログレッシブ・ロックの大衆化は、彼の大きな功績です(もちろん罪であるかもしれません)。

個人的には、UK来日公演の際の「飛行機の中で作ってきた曲だよ」(記憶違いだったら申し訳ないがナイト・アフター・ナイト?)という発言と、エイジアが売れなくなったときの「あれだけの作品で売れなきゃ今後何を作ればいいんだ」という失意の発言がとても印象に残っています。

2017.02.12 アル・ジャロウ

アル・ジャロウ

僕はいつアル・ジャロウを知ったか思い出せない。ボビー・マクファーリンが出てきたとき、僕はすでにアル・ジャロウを知っていたのだろうか? ボビーの器楽的歌唱に驚いた記憶はあるので、あるいはその時に先人として知ったのかもしれない。

僕が子どもの頃はテレビで洋楽に触れる機会があまりなかった。黒人音楽に興味はなかったけれど、仕方ないのでソウルトレインは見ていた。だから好きじゃないのに、オージェイズとかオハイオプレイヤーズとか、ソウルミュージシャンの名前だけは妙に知っている子どもだった。あるいはその頃、すでにアル・ジャロウを知っていたような気もする。

さすがに80年代AOR歌手としてのアル・ジャロウはよく知っている。さっき、YouTubeでMornin'を見たら、めちゃくちゃ聞いた覚えがあった。そして、今では多くの自信過剰な歌手がカバーに挑戦するようになった難曲「Spain」に打ちのめされたのも、さらにジャズやソウルやファンクにのめり込んでいったのも、そのずっと後のすっかり大人になってからのことである。

余談:Spainといえば日本人にとってはスティーブ・ガッドらを率いたLive Under The Sky 90での名演が印象に残るが、カバーを漁っていたら、日本のスティーブ・ガッドとも称すべき村上秀一を率いてピンクレディのミーが挑戦しているのを見つけておおってなった。さらに余談で全然アル・ジャロウと関係ない話ですが、このLive Under The Skyでキーボードを務めたフィリップ・セスがのちに結成したトリオのカバー曲集、The Body and Soul Sessionsは個人的にかなりお気に入りです。

2017.02.25 中西俊夫

中西俊夫

プラスチックスはたぶんテレビで初めて見たのが1980年、NHKのYOUだったと思います('80春 テクノポップって何?)。P-MODEL、プラスチックス、ヒカシューを一緒くたにして紹介するのもどうかと思いますが、それは今だからそう思えることなのでしょう。この中では、やはりプラスチックスのCOPYが、当時どのような音楽をテクノと呼んでいたのかを説明するのに、もっとも分かり易い例として適しているように思えます。ただ、今になってTop Secret Manなんかを聞いてみますと、テクノというよりはパンク、てゆーかピストルズ臭がぷんぷんします。私は聞いたことありませんが、超初期はもっとピストルズぽかったようですね。

近年の中西さんのお姿をネットで拝見すると、若い頃とほとんどイメージが変わらず、年を召されても一貫してジョン・ライドンみたいなヘアスタイルであったようです。

それにひきかえ私ときたら、中学生でビートルズのようなおかっぱにし、高校では長髪にしてトム・ペティを、さらにパーマをかけてツェッペリンを気取り、ニューウェーブ・ムーブメントで慌てて髪を切り、YMOでもみあげをカット、ジャズ・フュージョンにはまってまた髪を伸ばし髭を生やす、時代に翻弄されて終始一貫することのなかったこんな自分の人生を今反省しています。

2017.03.01 かまやつひろし

かまやつひろし

僕は6歳のときにスパイダーズのバラ・バラに衝撃を受けた。おそらくこれが僕にとってのロック原体験だと思う。ただ、僕は井上順が大好きだったので、申し訳ないけれどムッシュのことはどうしてメンバーなのかさえよく分からなかった。大人になってみると、いろんなミュージシャンがムッシュを師のように崇めるので、なんとなくすごい人なんだなあと理解するようにはなった。調べてみると、父親も有名なミュージシャンだったらしい。考えてみると、戦後の貧しい時代に、楽器を手にできたり本物の音楽に触れることができた若者はそういう家庭環境で育った人たちにほぼ限られるわけで、そしてそんなムッシュみたいな特別な人たちが育って核となり、現代の日本のポップスの礎を築いていったのだろうなあ。などと、しみじみ考えたしだいです。昔テレビで、「バン・バン・バンは世界で初めての三拍子ロックだ、バン、バン、バン、1、2、3、ね?」とムッシュが自慢していた記憶が僕にはあるのだが、おそらく夢で見たのか、僕の勘違いなのだろう。人間の記憶ほどあてにならないものはない。

2017.03.18 チャック・ベリー

チャック・ベリー

私はいわゆる狭義のロックンロールという音楽があまり好きではないのですが、2008年に「お前ら、これがロックンロールだろ!(黄金の50年代10選)」という記事を書くために仕方なく聞きまくりました。この記事から引用して再度提示しますが、私のロックンロールの定義とは以下のようなものです。

  • 50年代後半にちょっと流行って廃れた古臭い音楽
  • 12小節のブルース進行が基本のワンパターンな音楽
  • ブルーノートスケールを使用したどれもこれも似かよったメロディ
  • 基本的に3コードの単調な音楽

そして、このような音楽で、私が(この記事を書くためではなく)自然に耳にしたことのあるものといえば、たぶん50%どころか、おそらく80%以上はチャック・ベリーだと思います。10年ぐらい前にボ・ディドリーが死んだとき、そして今年ファッツ・ドミノが死んだとき、いずれもロックンロールの創始者と報道されましたが、正直言って若い頃はそんな人たちのこと名前も知りませんでした。私が小さい頃から知っているロックンロールの創始者といえば、もうチャック・ベリーただひとりです。

2017.03.18 J・ガイルズ

J・ガイルズ

そうかあ、J・ガイルズ死んだかあ。と知ったかぶりで呟いてみたが、堕ちた天使一曲しか知らなかった。ま、いっか。似顔絵でも描くか。あの背が高くて手足が長くて顔も長い長髪の人だろ(上段真ん中)って描いたんだが、それはボーカルのピーター・ウルフであった。ああ、致命的なミス。

で、J・ガイルズ・バンドのJ・ガイルズってどんな人だっけ? ぜんぜん思い出せないや。ということで、78年のヒットアルバム「サンクチュアリ」の裏ジャケットから、J・ガイルズの顔だけをスミルノフ教授に置き換えてみました。さあ、あなたはJ・ガイルズの顔を思い出せますか?

2017.04.16 アラン・ホールズワース

アラン・ホールズワース

昨年はキース・エマーソン、グレッグ・レイクが相次いで亡くなり、「EL&P」が一気にただの「P」になってしまうという事態に驚いたわけですが、今年はUK初期メンバーのジョン・ウェットンに続いてアラン・ホールズワースが亡くなり、「憂国の四士」が一気に「憂国の二士」になるという、文字通り憂うべき事態に陥ったわけです。

しかし、UK結成メンバーだったからなんとなくプログレの影がつきまといますが、彼はすぐに脱退しているし、その後のイメージはギタリストが選ぶギタリスト、まさにミュージシャンズ・ミュージシャン、Wikipediaを見ると、どこのギターおたくが書いたんだか、という感じで、演奏テクニックや使用機材に関する記述が延々と続きます。来日したときは双眼鏡を手にしたギター小僧がこぞって集まったのも印象深いです。

2017.05.27 グレッグ・オールマン

グレッグ・オールマン

僕がオールマン・ブラザーズ・バンドを聞いてみようと思ったのは、エリック・クラプトン(正確にはデレク・アンド・ザ・ドミノス)の「いとしのレイラ」で聞かれるデュアン・オールマンのスライド・ギターに興味を持ったからだ。YouTubeもSpoityもないから、自分でレコードをジャケ買いするか、金が惜しけりゃ持ってるやつを探し出して借りるしかない。やっとの思いでブラザーズ&シスターズを持ってるやつを見つけ、名盤として聞いたのが最初だった。しかし、このアルバムのレコーディングの時にはすでにデュアン・オールマンは他界していたのだった。

だから僕にとってのオールマン・ブラザーズ・バンドとは、やっぱりグレッグ・オールマンだったのかもしれない。

ロックをやりたいキーボードの僕が、フュージョンをやりたいギターの奴と険悪になったとき、Jessicaを聞かせたら、これならやってもいいぞと言ってくれた。そのことを今でもよく思い出す。

2017.09.03 ウォルター・ベッカー

ウォルター・ベッカー

スティーリー・ダンのウォルター・ベッカーが亡くなってしまいました。スティーリー・ダンの「ダン」の方ですね。これでスティーリー・ダンはただの「スティーリー」になってしまいました(ウソ)。

まじ言うと、僕はけっこうスティーリー・ダンに詳しい方だと思います。CD化されたアルバムは全部持ってるし、伝記みたいな分厚い本も家にあります。1996年の全米ツアーにも参戦してるんですよ。なので、今回出てくる人たちの中でウォルター・ベッカーは「僕がこの目で本人を直接見たことのある唯一の人」ということになります。

だからスティーリー・ダンについてはこのブログにも何回も書いてます。たとえば「Do It Again」とか。あれ、ドナルド・フェイゲンのことばっかりでウォルター・ベッカーの名前さえ書いてなかった……。よし、じゃあ今書こうか。

まず最初に、スティーリー・ダン - Wikipediaを見てください。知ってましたか?

バンド名は、ウィリアム・S・バロウズの小説「裸のランチ」に登場する男性器の張型「Steely Dan III from Yokohama」に由来する。

長くなりそうなので、このへんで終わります。いやいや、しみじみしてるんですよ、ほんとです。

2017.10.02 トム・ペティ

トム・ペティ

この画像は今年作ったものではなく、スミルノフ教授のホームページを開設して間もないころ、ずいぶん昔に作ってプロフィールのページに載せていたものです。僕は高校時代からイギリスのロックばかり聞いていて、いわゆるアメリカのど真ん中的なロックはよくわからなかったので、曲自体はあまり詳しくないのですが、薄毛のサラサラヘアーという点で髪質がよく似ていたので、ちょっと長髪にしてトム・ペティを気取っていました。そういうこともあって、この画像を作ったんだと思います。

2017.11.08 マルコム・ヤング

マルコム・ヤング

僕は鍵盤が弾けたので、惰性で学生時代もずっとキーボードでしたが、本当はいつかはギタリストになるぞと思ってました。今でも思ってます。中学生のときにエレキ・ギターが欲しいと思い、いつかは買うぞと思いました。今でも思ってます。偏屈なのか、その中学生のときからストラトやレスポールじゃ面白くないと思ってました。最初に玉光堂で見てかっこいい、これ欲しいと思ったギターにはジョージ・ハリスン・モデルと書いてありました。今となっては記憶も定かではありませんが、たぶんリッケンバッカー360/12を真似した偽物だったと思います。それからもあっちいったりこっちいったり思い悩んで40年、その間にAC/DCに出会いアンガス・ヤングのギブソンSGがかなり俺的ランキングを上昇した時期もありましたが、その背後でマルコム兄さんが弾いてるあの黄色いギターなにあれ?渋い!かっこいい!となってグレッチ・ジェット・ファイヤーバードがギブソンSGを抜き去り堂々の第1位になりました。あの色がいいよなあ。技術があったら自分で作りたいぐらいです。

2017.11.21 デビッド・キャシディ

デビッド・キャシディ

僕の洋楽の原体験はなんだろう? 記憶が正しければ小学生のときにラジオから流れてきたドーンの「ノックは3回」と、トム・ジョーンズの「シーズ・ア・レディ」ではないかと思う。ということは、1971年? 一方、テレビではパートリッジ・ファミリーをよく見ていた。Wikiによると東京での放映は1972年からということなので、北海道ではもっと後だったかもしれない。

しかし、いわゆるカッコイイ長髪の男性アイドルとしての原体験はきっとデヴィッド・キャシディに違いない。そして日本ではこのあとすぐ、同じような髪型をした野口五郎や西城秀樹がデビューするのだ。

彼らは死んでも人々の記憶に残るし音楽や映像も残る。うらやましいなあ。僕なんか死んだら何も残らない。でも僕が死んだら今度は彼らを生で見れるわけか。それもまた楽しみではあるなあ。

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