2017/07/13

2016年に読んだ本私的第1位

第1位 稲見一良 ダック・コール (ハヤカワ文庫JA)

7ヶ月もかかってしまいましたが、やっと第1位にこぎ着けることができ、ひと安心です(つーか、第1位はどうなってるんだって、誰も言ってくれねーでやんの、寂しー)。

2016年に読んだ本、栄えある第1位、といっても1991年の古い作品、著者はすでに故人です。

稲見一良は、当ブログの2011年の記事、「カフカとはチェコ語でカラスのこと、というのは本当なんだろうか? よく調べてみたら、ニシコクマルガラスのことだって分かったよ!」のコメント欄で、「男は旗(新潮文庫)」を薦められて知りました。これはコクマルガラスが出てくる小説だということでした。

それ以前にも、ネット上のどこかで、どなたかから「野鳥が好きなら稲見一良を読んでみたら」と薦められたような気がするんですが、記憶が定かではありません。申し訳ないです。

それからずっと、いつか読んでみようと思ってはいたのですが、正直なところ最近はすっかり失念していました。でも突然思い出して、昨年やっと著者の代表作であるこの「ダック・コール」を読んでみた、というわけです。

で、読み始めてびっくりです。私は今まで、ここまで野鳥の描写にこだわった小説を読んだことがない!

白い顔には、黒の幅広のゴーグルをかけ、白い首に黒のベルベッドのマフラーを巻いたような隈がある。黒いつららな目の、黄色い隈(アイリング)までハッキリ見えた。

これ、なんだかわかりますか? 試しに、声に出して朗読してみましたけど、うちの奥さんはすぐわかりましたよ。バードウォッチャーならわかるんです。

コチドリ

正解はコチドリ。私が昔撮った写真を貼っておきますけど、「黒いゴーグル、黒のマフラー、黄色いアイリング」、なるほど!って思うでしょ。

遠目には白と黒だけの鴨に見えるオスは、パッと拡げた次列風切羽の臙脂(えんじ)、深緑、白の三色旗をこれ見よがしに誇示していた。純白が胸を包んで栗色の頭の耳羽の辺りまで撥ね上がっていて、その白い首をすっくと伸ばして羽搏いていた。

ちょっと難易度アップです。これ、正解はオナガガモなんですが、オナガガモってのは普通にしてるとこんなかんじの白黒主体のカモです。

オナガガモ

「臙脂、深緑、白の三色旗」っていうのは、羽を拡げたとき、飛んだときにしか見えないんですね。拙いですがオスが飛んだ写真がありましたので、参考までに貼っておきます。

オナガガモ飛翔

本書は6つの物語から成る短編集ですが、全体としては鳥好きのある若者が見た6つの夢、という体裁をとっています。しかし、この6つの物語、青春小説だったりハードボイルドだったりファンタジーだったり、19世紀だったり戦時中だったり戦後だったり、アメリカだったり日本だったり、ジャンルも場所も時代もじつにバラエティに富んでいます。

第一話「望遠」

シギが拡げた翼の裏側に、オグロシギなら必ずある白い幅広のベルトがなかったのだ。見落としようのない、はっきりしたオグロシギの目印が、その鳥にはないのだ。それに啼き声だ。「ケーッ」と一声のオグロシギの啼き方ではなかった。「まさか」と若者はつぶやいた。

これは第一話の一節。この「まさか」の鳥がなんだかわかる人は、もはや探鳥会のリーダークラスでしょう。普通の人ならオグロシギでさえ全くイメージできないはずです。

正解はシベリアオオハシシギ(本文中ではシベリヤ・オオハシシギと表記)なんですが、超珍鳥でありながら、見分け方がとても難しいです。けっこうバードウォッチング経験のある私でも、オグロシギやただのオオハシシギならなんとかわかりますが、さすがにシベリアオオハシシギとかアメリカオオハシシギが目の前にいたとしても、全く見分ける自信はありません。

主人公の若者は、それがシベリアオオハシシギだとすぐに分かるほどの鳥ヲタです。興奮を抑えきれず、ついつい珍鳥を優先してしまい、あとで大変なことになると分かっていながら大事な仕事を台無しにしてしまいます。仕事よりも夢を優先した青年、その後、自分の決断を信じて画策はするのですが……、その結末はなんともほろ苦い、これぞ鳥ヲタ青春小説です。

第二話「パッセンジャー」

第二話は、場所が一転してどうやら異国のようであるし、時代背景もはっきりしない。数時間もの間、空をすっかり覆い隠してしまうような鳥の大群が主人公サムの前に現れる。それほど巨大な大群が今の世の中に存在するはずないから、ひょっとしてファンタジーかなと思って読み進めたのですが、最後まで読むとびっくりです。いやー、題名が伏線になっていたんですね。ネタバレになるから

リンク

だけ貼っておきますが、こんな鳥が実在してたなんて! 主人公サムにも、青春のほろ苦い試練が待ち受けています。

第三話「密漁志願」

癌を患って退職し、やり手の奥さんに食わせてもらってる身で、自分はほとんどキャンピングカーに住みながら狩猟に打ち興じている、ちょっとさえない中年男が主人公である。ある日この男が、生け捕りの名人である、ちょっと謎めいた少年ヒロと出会ってコンビを組むところから始まる冒険小説だ。人生への諦観漂う中年男がヒロの魅力にのめり込み、まるで青春を取り戻すかのように生き生きとしてくるところがポイント。

「探鳥会の連中だ。バード・ウォッチングとかいって、集団で鳥を見にくる、あれだ」
「あいつらが来ると、しばらく鳥が遠のくのだ」
ヒロが吐き捨てるような口調で言った。
「写真撮るのに木伐ったり、フラッシュで鳥を驚かせたりするんだ」
連中の一人一人が、バズーカー砲のような望遠レンズを付けた一眼レフ、マシンガンのマック10のようなビデオカメラ、ピストルグリップの集音マイクなどを持っていた。リーダーらしい先頭の中年男が、物知り顔で盛んに喋っている。

日本野鳥の会支部の探鳥会に積極的に参加している私としては耳の痛い箇所です。ただ、細かいことを言わせてもらえば、探鳥会で大砲レンズを持ち歩く人はごく一部です。観察や生態調査が主眼である探鳥会と、写真撮影が目的でとくに珍鳥に群がるカメラマン集団は、実はあまり相容れない関係です。しかし、著者にしてみれば、同じ穴のムジナに見えるのでしょう。というか、きっと群れるのが嫌いなんだと思います。「人間と野生動物がどのように付き合っていけばいいのか」、これは非常に悩ましいテーマではありますが、著者の立場は、あくまでも孤高の狩猟者、そしていただいた命を有難くいただく、というものであることが感じられます。

話がそれましたが、世代も生活環境も異なる二人にはやがて別れが訪れます。そしてエンディングでは、ほろりとさせられること間違いないです。

第四話「ホイッパーウィル」

この短編集を代表する作品であり、最高傑作といえるだろう。舞台はまた一転して、アメリカへと飛ぶ。そして時代は太平洋戦争直後のようである。主人公は射撃の名人で日系二世のケン。保安官にその腕を買われ、いっしょに脱獄犯を追い詰めていく話であり、これはもう完全にハードボイルドだ。おそらく何の知識も持たずに、いきなりこの短編を読んだら、翻訳されたアメリカ産ハードボイルドだと誰もが勘違いするだろう。

脱獄囚たちのキャラクター設定にも余念がなく、どいつもこいつも一筋縄ではいかない強敵ばかりだ。特に最後に残ったインディアン系の囚人オーキィに、読者はまず哀れみの情を抱き、最後には畏敬の念を呼び起こされることだろう。そう、まるでレイモンド・チャンドラーの小説のように!

また、日系二世であるケンが、アメリカの象徴的な存在である保安官に対して、諸手をあげて協力しているわけではないところ、その微妙な感情描写も見事だ。詳しくは、山崎豊子の二つの祖国参照、と言っておこう。

さて、第四話で鍵となる野鳥は、オーキィがハモニカで呼び寄せ、やがてその独特な鳴声で大合唱を奏でる「ホイッパーウィル」という鳥である。これはいったい何かというと、みんな大好きなウィキペディアにリンクを貼っておくが、北米に分布するヨタカの一種であるらしい。

Eastern whip-poor-will - Wikipedia

最近では英語表記に忠実に、「ホイップアーウィルヨタカ」と書くことが多いようである。言うまでもないが、名前の由来はその鳴声である「whip,poor,will」から来ている。物語のハイライトで、感動的な大合唱を始めるこのホイップアーウィルヨタカだが、実際にはどんな鳴声なんだろう。そこはご心配なく。ウィキペディの右上をクリックすると、なんと鳴声が聞けちゃうのだ。すごいねウィキペディア、みんなが大好きになるのも無理はない。日本のヨタカと風貌は似ているが、鳴声はぜんぜん違うのね、ほんと不思議。

第五話「波の枕」

まるで翻訳物のようだった第四話からまたまた一転して舞台は日本へ。いかにも日本的で、また古めかしい「源三」という主人公の名前に、一瞬頭がクラクラする。エピローグとプロローグは現代の、老人となった源三である。だが、物語の主要部分は太平洋戦争直後のようだ。つまり、老人となった源三の回想であるともいえる。ところが、物語の重要なエピソードは、太平洋戦争直後の源三による、戦時中爆撃によって海に放り出された体験の回想である。すなわち、回想が入れ子状態となっており、短い小説の中で、これだけ複雑な時系列を使いこなすあたり、著者の力量の凄まじさを感じさせられる。もちろん野鳥も、コジュケイ、アトリ、オナガ、ヒドリガモ、グンカンドリなど、オールスターなみに登場します。

第六話「デコイとブンタ」

デコイとは、鳥をおびき寄せるために作られた、たいていは木製の鳥そっくりな模型のことである。元々は狩猟で鳥をおびき寄せる囮として用いられるものだったが、近年では絶滅危惧種を増やすため繁殖地におびき寄せる目的で使われることが多い。また現代ではインテリアとして用いられたり、バードカービングのように製作そのものが趣味と化している。

この短編は、なんとカモに模したそのデコイが主人公であり、物語はデコイの視点で語られるという、挑戦的で実験的な作品であり、また一種のメルヘンでもある。ラストシーンにはデコイならではのオチが用意されており、著者の試みは見事に成功しているといえるだろう。

私はあまり短編集が得意ではないので、手元に常備して繰り返し読み返す短編集は限られるのですが(ナインストーリーズ、夜の樹ぐらいかな)、この本は珍しく、その仲間入りを果たすことになりそうです。何と言っても、もう七ヶ月も持ち歩いているのですから!(このエントリーを書くために!)

以上で、2016年に読んだ本ベスト5の終了です。なんと七ヶ月もかかってしまった。

この調子だと、来年はおそらくやらないでしょう。

だって、これ書くのに時間かかって、まだ10冊ぐらいしか読んでねーもん。

だから、10年後に、この10年で読んだ本ベスト10でもやろうと思いますから、そのときまたお会いしましょう。

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2017/10/09

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