2015/03/10

素晴らしきエコール・ド・パリの画家たち(暁宏之氏に捧ぐ)

新聞を読んでいると、ある展覧会の記事が目に留まりました。

パスキン展 −生誕130年 エコール・ド・パリの貴公子− (汐留ミュージアム)

ジュール・パスキン(1885-1930)は、エコール・ド・パリといわれる主に1920年代にパリに集った異邦人芸術家たちを代表する画家です。フジタやキスリングを親友にもち、ピカソやシャガールらも活躍した第一次大戦後の「狂乱の時代」に、パリで高い評価を受けて、次々と作品が売れた時代の寵児でした。なかでも、繊細で震えるような輪郭線と、淡くそして真珠のような輝きを放つ柔らかな色合いで描かれた女性や子ども達の作品で人気を博しました。

パスキン展 −生誕130年 エコール・ド・パリの貴公子−より

パスキン模写
花束を持つ少女のイメージ図

汐留ミュージアムで3月29日までやってるそうですから、まだ間に合いますよ。ま、そうはいっても、パスキンだかパツキン(金髪)だかって、そんな画家知らねーよっ、という方々も少なくないはずです。何を隠そう、先生だってつい最近読んだ本にたまたまパスキンのことが書いてあったから、それでたまたま記憶に残っていたから、この新聞記事が目に留まったと、ただそれだけの話なんです。

パスキンの代表作は……そうですね、これもついさっき仕入れた知識なんですが、「花束を持つ少女」という作品が有名らしいですよ。なお、右の絵はパスキンとは関係ありません。あくまでもイメージです。美術作品の写真をそのまま載せるのはさすがに気がひけますからね。

ここで先生は、驚いたことがあったのです。これを見てください。

■エコール・ド・パリ(北海道教育委員会)

なんとですね、このジュール・パスキンの代表作「花束をもつ少女」は、なんと先生の地元の北海道立近代美術館が所有していたんですね。いやあびっくり、知らなかったなあ。そりゃあそうだよな、だいたいジュール・パスキン自体、つい最近まで知らなかったんだから。ちなみに道立近代美術館は他にも、モディリアーニが描いた「フジタの肖像」、ハイム・スーチンの「祈る男」といった、エコール・ド・パリにおける重要な作品を所蔵しているそうです。いやあ灯台下暗し。

エコール・ド・パリに関してはこんな展覧会も行われているようです。

■夢見るフランス絵画 印象派からエコール・ド・パリへ

2015年6月27日(土)〜8月23日(日)北海道立近代美術館
2015年9月20日(日)〜11月23日(月・祝)宇都宮美術館

全国巡回のようだけど、札幌と宇都宮はこれからだから、興味のある方はぜひぜひってかんじです。

さて、展覧会の告知はここまでとして、先生がなんでそんな急に、エコール・ド・パリの画家たちなんかに興味を持ったのか、そのきっかけになった本とはなにか? ぜひとも知りたいでしょう? この先は、そりゃあぜひ知りたいよ、という愛すべき当ブログ読者の方々に向けてお送りします。

エコール・ド・パリに関する名著 ―― 暁宏之「呪われた芸術家たち」

生前はあまり恵まれなかったエコール・ド・パリの画家たち、しかし今、その輝ける才能には常にスポットが照らされるようになった。これには、彼らを日本に紹介した画商・美術評論家である暁宏之氏の功績が大きい。彼は、その代表作「呪われた芸術家たち」でエコール・ド・パリの画家たちの名前を日本に広めることに成功した。そして、今なお、エコール・ド・パリ全体についてのまとまった解説書といえば、この「呪われた芸術家たち」以外にはなかなか見当たらないのである。

この著書の中で彼が特に力を入れて解説しているのは、モディリアーニとスーチンである。その他にはパスキン、佐伯祐三、フジタ、ユトリロ、キスリングなどが登場する。

暁宏之はその代表作を以下のように書き出している。

エコール・ド・パリについて書こうとするものは、のっけから大きな困難に突き当たることになる。

暁宏之「呪われた芸術家たち」より

彼の言わんとするところは、エコール・ド・パリの定義がとても難しいということだ。エコール・ド・パリに属すると言われている画家たちの作風はそれぞれが極めて個性的であり、全体として「このようなタッチの絵だ」というような説明が不可能だからである。同時期にモンパルナスのとあるアトリエに住み着いていた画家たちの集団、という定義もある。しかし、キスリングのようにモンマルトルに住んでいた例外もあり、この定義も不完全だ、と暁宏之は言う。

透明で繊細な絵を描きながらも、パスキンの実生活は次第に蝕まれていく。放蕩や乱痴気騒ぎを好み、その費用を稼ぐために、画商好みの作品を濫作するようになる。飲酒癖はアルコール中毒になるほどで、やがて女性関係と製作の苦悩、その他さまざまな要因が重なって、四十五才のときに自ら人生に幕を降ろす。

暁宏之「呪われた芸術家たち」より

どうやら、このパスキンに代表されるように、エコール・ド・パリの画家たちは、総じて波瀾万丈で壮絶な人生を送ったらしい。

恥ずかしながら、私はこの本で初めてエコール・ド・パリという言葉を知ったぐらいであったから、取り上げられている画家たちも、あまり聞いたことのない馴染みの薄い名前ばかりだった。唯一知っていたのはモディリアーニぐらいである。

そのモディリアーニも、どうして知っていたのかといえば、幼い頃に祖父の部屋で盗み見した画集に載っていた唯一の裸婦像の作者だったからである。私は裸婦の股間の陰毛に目が釘付けになり、何度もそのページを凝視した。もっともそれは性的興奮や性的快楽を伴うようなものではなく、幼少時に特有の見慣れないものに対する関心であった。その証拠に、この画集に載っていた記憶に残っているもうひとつの作品は、エルンストのユビュ王である(どうして立っていられるのだろうと不思議でしょうがなかった)。

とはいえ、せっかくの裸婦像なのだから、もっと美人であったらよかったのに、という開けて悔しき玉手箱のような気持ちになったのも事実である。私は、この妙に細長くて死人のような青い瞳を持つ裸婦を見ていると、性的興奮や性的快楽とは全く正反対の(もちろんそんなものはまだ知らないのではあるが)暗澹とした気分になったものである。

モディリアーニの偉大さは正にここにある。瞳の描かれていないブルーや灰色の目、骨のない軟体動物のような体の線、人間の顔や身体をここまで単純化して描いた画家はそれまでいなかった。

暁宏之「呪われた芸術家たち」より

絵を描くこと以外に興味を示さなかったモディリアーニは病気によって35歳でその短い生涯を閉じる。早世した画家の絵画は価値が上がるという理由で、画商たちは誰も病気の彼を助けなかったという。彼の多くの絵のモデルを務めた妻は数年後に彼を追って自ら命を断つ。

「呪われた芸術家たち」に出会い、私は今、半世紀ぶりにモディリアーニに対する評価を変更せざるを得なくなった。そしてそれは、暁氏の思惑にまんまとひっかかったようでいささか悔しくもあるが、絵画そのものに対する純粋な印象によるものではなく、「夭折した天才」という作品とは直接無関係な「付加価値」による変更である。

だが、彼らの、「少なくとも幸福であったとは言い難い壮絶な人生」という付加価値が、私たちにその作品を見てみたいという欲求を生じさせる原動力となり、そしてまたその作品の価値を高めているのは紛れもない事実である。

少々乱暴ではあるが、暁氏の主張を一言で言ってしまえば、著書のタイトルにもあるように、彼らの「呪われた人生」そのものが、すなわち「エコール・ド・パリ」の定義である、といえよう。

さて、札幌の皆さんには、もう一度この展覧会を告知しておこう。

■夢見るフランス絵画 印象派からエコール・ド・パリへ

2015年6月27日(土)〜8月23日(日)北海道立近代美術館

最近、新聞でもかなり広告が目立つようになってきたので、ご存知の方も多いと思うが、もし「呪われた芸術家たち」を読んだあとであれば、その広告の見出しにまず「ルノワール、モネ、セザンヌ」の名前が大々的に書かれてあることを残念に思うだろう。私もすでに印象派なんてもう目じゃない。モディリアーニ、シャガール、ユトリロ、キスリング、フジタ、そして、このレポート(夢見るフランス絵画 印象派からエコール・ド・パリへ | 取材レポート)に名前が無いのが気になるが、さらにパスキンに出会えれば至福の喜びである。

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どうですか、皆さん。このように、暁宏之の「呪われた芸術家たち」は、読んでいるだけで、どうしてもその絵が見たくなるという、稀有な美術解説書です。みなさんも、ぜひ手にとってみてください。

しかし、知っている人は知っているオチですが、じゃーん、実は「呪われた芸術家たち」なんて本は存在しないのです

「呪われた芸術家たち」は、深水黎一郎の「エコール・ド・パリ殺人事件」というミステリーの中に出てくる、架空の作中作なのです。そして、ミステリーには禁物の、少々のネタバレとなってしまいますが、暁宏之氏は、その殺人事件の被害者です。

深水黎一郎氏は、たとえ作中作といえども、独立して本にできるぐらい完成度の高いものでなければならない、と意気込んでこの作中作を書いたそうです。たしかに見事な出来栄えです。おそらくこれを元に軽く岩波新書ぐらいにはなるでしょう。しかも内容がたいへんおもしろい。今では私もすっかりエコール・ド・パリの画家たちに興味津々です。

ところが、作中作が良すぎて、かんじんの「エコール・ド・パリ殺人事件」そのものの評判は今ひとつです。

舞台設定は見事ですが、事件そのものやトリックなどはかなりオーソドックスでやや地味なほうの部類に入ります。事件を解決していくのは警察の地道な捜査であり、のちに個性的な名探偵として活躍することになる神泉寺瞬一郎も、まだそのキャラクターを存分に発揮していません。

ところが、文庫版の法月綸太郎氏の解説を読んで、はっとさせられたのです。暁宏之氏は冒頭で殺されてしまうので、私たちは暁宏之がどういう人物なのか、最後まで全く分からない。関係者の証言などもいまひとつ信用できず、結局、私たち読者に与えられた被害者・暁宏之に関する情報は、その著書である「呪われた芸術家たち」しかありません。

「呪われた芸術家たち」からは、暁宏之の、エコール・ド・パリの画家たちに対する、純粋で真摯な情熱を感じることができます。しかし、本当にそうだったのだろうか。暁氏にとって、実は絵画は単なる商売道具に過ぎなかったのではないだろうか、などと読者は悩むことになります。

人は、その著書から、性格や人間性を判断できるものでしょうか? 村上春樹は実生活でも女の名も知らぬうちからすぐにやっちゃうエロいおやじでしょうか?

もちろん、そんなことはないのです。被害者・暁宏之氏の人間性と、その著書「呪われた芸術家たち」の間にはあまり関係はないと考えられます。しかし、与えられた情報がこれだけなので、私たち読者はどうしてもこの情報に頼ることになります。

実はこれこそ深水黎一郎氏がこのミステリーに仕組んだ、巧妙なミスリード、なのです。私たち「エコール・ド・パリ殺人事件」の読者は、「呪われた芸術家たち」という素晴らしい作中作によって、見事に惑わされることになるのです。

そして私たちは、エコール・ド・パリの画家たちの壮絶な人生を知ることにより、美術館で実際にその絵画に対峙したとき、またもや大いに惑わされることとなるでしょう。

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