2013/08/12

続々・教授の真夏

あたりが暗くなり静けさが闇を包むころ、スポットライトを浴びて壇上にひとりのギタリストが浮かび上がった。ジェームス・タイラーから繰り出される適度にディトーションの効いたのびやかな音が、「さくら」のメロディを奏でた。

「鳥山さん……」

稔は大きな口を開けたままスクリーンを見つめていた。

二十年以上前になるが、稔は鳥山の指導を受けたことがあった。まだ学生でプロの音楽家を目指していたときのことである。当時、すでに新進気鋭の若手ギタリストとして注目を集めていた鳥山の前で、稔は自分のバンドを率いて渾身の力を出し切った。演奏し終わるとすぐに鳥山を見つめて評価を待った。だが、いつまで待っても鳥山は無表情のまま黙っていた。沈黙の時間に耐えられなくなった稔は、ついに自分から口を開いた。

「あの、どこが悪かったでしょうか……」

すると鳥山はおもむろに、「格好だね」と言った。

「はあ?」

「格好だよ。まず、そのボロボロのジーンズがいけない。どんなに良い演奏をしたって、見た目が悪けりゃ聞いてくれないよ。たとえばさ、ほら、見て、僕の」

呆然とする稔たちに向かって、鳥山は自分の赤シャツの襟や黒い革ズボンの裾を引っ張りながら続けた。

「このシャツとかさ、このパンツ、これってユキヒロさんのブティックで買ったのね。知ってる? ブリックス」

結局あのとき、鳥山から指導してもらえたのは服装に関することだけだった。その後も長々と続いた鳥山のファッション談義はほとんど忘れてしまったが、次の日に会ったときも同じ赤シャツに黒の革パンだったことはよく覚えている。きっとファッションに目覚めたのはつい最近のことで、僕らへの講釈もユキヒロさんの受け売りだったに違いない、と稔は思った。

「さくら」のメロディが、やがて「笑顔百景」へと連なってもなお、稔はまだ鳥山のギターの余韻に浸っていた。そして高校生のときに聞いたスコーピオンズの「荒城の月」のことを連想して思い出していた。

と、ここまで書いたが、あらためて今ユーチューブとかでスコーピオンズの「荒城の月」を聴いてみると、なんだか宴会で酔っ払った冴えないオヤジたちが合唱しているみたいでダサダサだった。あの当時のわたしはこんなものをかっこいいと思っていたのか? あーだめだめだめ、と気にくわなくなって、わたしはいま書いたこの部分をそっくりそのまま8月4日分の原稿から削除してしまった。

って、おまえ誰よ?ってか?
いやだなあ、お忘れですか?
わたしですよ、わ・た・し。
みなさん、お待たせしませた。わたしです。
え? ぜんぜん待ってないって?
まあ、そんなこと言わずに聞いてくださいよ。

そんなわけで、突然の思いつきで、7月12日分の教授、真夏の方程式で号泣す・その1千歳編から主語を三人称にして書いてみましたけど、ついつい調子に乗って7月24日分の教授、真夏の方程式で号泣す・その5神戸編で主人公を殺してしまいました。わあ、いいのか、おいおい。わたし、死んだじゃん。この先どうするよ、おい、ってなかんじで、自分でやったこととはいえ、実はけっこう焦ってたんですよ。そんでね、苦肉の策だったんですけど、前回の8月4日分の続・教授の真夏で、これは全部、周布稔(すふみのる)っていう登場人物が勝手に書いた作中作だった、ってことにしてみちゃったりなんかしてみちゃったわけですです。

あれえ、するってぇと、スミルノフ教授が作中作の登場人物ってことになって階層がひとつ下がることになっちまうんだけど、まあ、いいかな。

いやあ、それにしても三人称って疲れますよね。ま、視点は一人称ぽかったからまだましだったのかもしれんけど、そんでもまじ息苦しかったよ。もうやだ。もうやらない。ってことで、もうすっかり一人称に戻しますからね。うわぁ、なんかすっきり。まるで鼻と口を塞がれてた状態から一気に解放されたぁ、みたいな?気持よさ。

でね、もうお気づきかもしれませんが、周布稔(すふみのる)って、「スミルノフ」のアナグラムなのね。けけ、くだらないって? まあ、そういわず。じゃあ、そんなあなたには、もうひとつ謎解きしてあげるとね、そもそもスミルノフっていうのが、わたしの本名のアナグラムなわけよ。わっはっはっは、驚いた? え? 付き合ってられねえって? そんなぁ。

と、ここまで書いたところで、突然わたしの部屋の呼び鈴のブザーが鳴った。え? こんな時間にいったい誰? わたしは息を潜めてすり足で玄関に近づき、ドアスコープを覗いた。

無地の白シャツにグレーのズボンをはいた坊主頭のオヤジがハンカチで額の汗を拭っていた。そのうしろには背の高い若い男が直立不動で立っている。ふたりとも知らない顔だ。いったい誰だろう。

それに、せっかく一人称に戻したばっかりだというのに、なぜか文章が、三人称一人称視点の主語だけを形式的に一人称に置き換えただけ、みたいになっちゃってる。ねえ、いったい誰が書いてるの? わたし?

「ど、どちらさまですか?」といったそのわたしの声は、まるでわたしの鼓動が直截伝わってるみたいに震えていた。

続々々・教授の真夏へつづく……。

教授、真夏の方程式で号泣す

■その1 千歳編
■その2 機内編
■その3 大宮編
■その4 再び機内編
■その5 神戸編
■続・教授の真夏
■続々・教授の真夏
■続々々・教授の真夏
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