2013/07/24

教授、真夏の方程式で号泣す その5神戸編

真夏の方程式

鞄ひとつだけを持って神戸空港に到着した教授は、タクシーに乗った。関西には空港が多すぎるという意見もあるが、結果的に利便性の高い空港が増えるのは、利用者からすれば喜ばしいことだ、と教授は思った。三宮までは時間にしておよそ15分、おそらく3000円以内で着くはずだ。

教授はタクシーの後部座席から何度か後ろを振り向いた。追っ手はいないようだった。吉田が手荷物を探しているあいだに、こっちは手荷物をあきらめて急いで出てきたのだ。きっとうまくまいたはずだ。

教授はノートパソコンを立ちあげて、これまでの顛末を記録したファイルに吉田と遭遇したことを付け加えた。そしてサーバーにアップロードし、数週間経てば自動的にブログが更新されるようセットアップした。自分に何かが起こったときのためだ。

しかし、ブログが更新されたところで、いったい誰がこんな長文を読むだろう。無事に生きて帰ることができれば、あとで自分が読むことになるだろう。つまり、存在があやふやな未来の自分に向けて書いているのか。もしも自分に万が一のことがあれば、自分以外にこれを読む人なんているのだろうか。山郎は読むかもしれない。いや、逆に、ろくに読まずにスクロールして終わりかもしれない。その可能性の方が高いだろうな、と教授は思った。あんなもん誰が読むんっすか、と言いながら失笑する山郎の顔が目に浮ぶ。

SNSの批判めいたことを書いたのも、いいねやリツイートの減少に輪をかけるだろう。でも、それで構うものか、と教授は思った。これは、誰も読まない墓標のようなものだ。自分はいま、自分の墓標をこつこつと書いているのだ。誰かに読んでもらいたくて書いているんじゃないんだ。いいね、なんかいるものか。

吹っ切れたような笑みを浮かべながら教授はノートパソコンを閉じた。一度は名声を手に入れたものの、人生の後半は世間から身を隠すはめとなり、そして最後は結局仮の姿のままで終わることになりそうだ。だが、人生でやり残したことはあるかと訊かれても、教授は何も思い浮かばなかった。

もしやり残したことがあるとすれば、それはとても些細なことばかりだ。たとえば、真夏の方程式の映画を観ることである。原作を読んだときに自分の頭の中で動いていた福山が、北村が、杏が、スクリーンの中ではどのように動くのか確かめておきたいと思った。

タクシーは予想通りの時間で三宮に着いた。教授はポートライナーがすぐそばを走る商業ビルの、最上階を目指した。そこにシネコンがある。カウンターで通路側の座席を買った。頻便頻尿の教授は途中でトイレに立つことを考慮したのである。

上映時間ぎりぎりまで教授はトイレでふんばっていた。下痢でもないのに下痢止めをのんだ。なるべくなら途中でトイレに立つことで周りに迷惑をかけたくないからである。

最初は映画館の想像以上の暗さにとまどった。だが数分経つと目が慣れてきて、教授は通路側の自分の席を無事に見つけることができた。スクリーンにはコマーシャルや別の映画の予告編が流れている。久しぶりに映画館を訪れた教授は、思ったよりも大きいスクリーンと音響に胸がおどった。来月の4日には日産スタジアムに同志が7万人以上も集まり我が組織の繁栄を盛大に祝う予定になっている。その模様は全国の映画館にも同時中継されることになっており、教授はそれを札幌の映画館で観ることにしていたのだ。だが、自分は来月まで無事に生きているだろうか。教授は今見ているスクリーンに、我らがリーダーを初めとする幹部五人組が精一杯歌い踊る姿を一生懸命想像してそれを網膜に焼き付けようと努力した。

上映時間を過ぎてもなかなか映画は始まらなかった。相変わらずコマーシャルや予告編のたぐいばかりだ。そのうち、ポップコーンやコーラを手にした女子高校生四人組が入ってきて、すいませんと言いながら教授の前を次々と通って、右奥の席に着いた。腸蠕動が始まり、少しお腹が痛くなってきた教授は、こんなことならもう少しトイレで頑張っていればよかったと後悔した。この調子では途中で何度かトイレに立つはめになるだろうな、と思った。

でもそれは教授の杞憂だった。映画・真夏の方程式がいったん始まると、教授は完全に映画の世界に取り込まれ、終わりまで一度も自分の身体の存在を認識することはなかった。

まず冒頭のシーンで驚かされた。いきなりネタばらしをしているようなものである。何度も前に戻って読み返すことができる小説とは違って、数時間で完結しなければならない映画では、これぐらいのネタばらしをやった方が理解しやすいのであろう。あらためて小説と映画が別物であることを思い知らされた。

続いて、今回のヒロイン、杏が登場する。世間ではその水着姿が話題となっているようだが、教授にはそんなことはどうでもよかった。なぜなら、キャストを知ったうえで原作を読んだばかりの教授の頭の中では、杏はすでに成実だったからである。成実が登場した段階で、これからこの子とその家族の悲しい話が始まる、と思うと、早くも教授の目には涙が溜まり始めた。その後はもうストーリー展開なんか関係なく、ただ杏が、前田吟が、風吹ジュンが口を開くだけで涙があふれだす始末であった。キャストを知ったうえで映画を観る直前に原作を読むことは、映画を観る自分に予想以上に大きな影響を与える。それが教授の新発見だった。「キャストを知ったうえで映画を観る直前に原作を読むこと」は、何回も出てくるとくどいと思われるので、今後は「キャ知映鑑直前原読」とでも略すことにしよう、と教授は思ったが、せっかく略したけどもう手遅れで使う必要はないのかもしれない、とも思った。

ハンカチを用意しとけば良かった、と教授は後悔した。予想以上に早い段階からの大量の涙である。座席の下にしまった鞄からティッシュかハンカチを取り出そうと前かがみになってごそごそ音をたてると、となりで真剣に観ていたおばあちゃんと目が合った。眉間にものすごい皺が寄っている。教授はあきらめて姿勢を正した。視線を下に向けると、ワイシャツの胸ポケットに、さきほど戸外で使ったメンズビオレ洗顔シートスーパークールが一枚だけ丸まって入っていた。それはほとんど乾いていたが、あっという間に再びウェットティッシュに戻った。

教授にとって誤算だったのは、原作を読んでいるときの頭の中の俳優たちよりも、スクリーンの中の俳優たちの方が遥かに演技に長けているという点だった。冷静に考えてみると、プロの演技が素人の想像の上をいくのは当たり前のことだった。

とくに後半の、白竜、あるいは杏と前田吟の演技に、教授は完敗だった。前田吟は寅さんシリーズの印象が強かったので、教授は油断をしてすっかりマークを外していた。その隙にスーパーゴールを決められたという感じである。杏の演技に関しても、最初からそれほど大きな期待を寄せていなかったからこそ、という面がある。よく考えてみれば彼女は世界的な大物俳優の血を受け継いでいるのだ。

それでもしらけて泣けないという人がいる。それは以前にも言及したように、◯◯◯を巻き込んだことを置いといて、単純な感情移入で泣いていいのか、という点にわだかまりが残るからであろう。特に「◯◯◯を巻き込んだことを置いとく」ことに関しては、原作よりも映画の方がより意図的であるといえよう。

たとえば、◯れたコースターの実験である。原作では湯川がこの実験を少年にやらせることが大きな伏線になっているが、映画では敢えて逆に、湯川が実験を止めさせてしまう。それからラストに近い謎解きのところで、◯◯が実際に◯◯に◯◯をした映像が、意図的に省かれている。これは、普通に見ていて、意図的に省いているのだなと気づくぐらい意図的である。

したがって、この件に関してまだ文句を言う人があるとすれば、それもまた製作者の術中にはまっていることになるのだ、と教授は考えた。

それとも、こんなの泣けないとか言って威張っている人というのは、そういう人はひょっとして、あの大きな震災を目の当たりにしてもなお、自分がこの先何十年も、へたしたら半永久的に生き続けることができると勘違いしており、自分が死んでこの世に存在しなくなることなんか、これっぽっちも想像していない人であり、こんなんで泣かなくたって、いつかもっとすばらしいことで泣くだろう、なんて考えているんじゃないだろうか、メメントモリモリモリモリ!っと教授は思った。明日の命を保証されている人間など、この世に一人も存在しないのだよ。すでに教授は、映画館で映画を観る自分の姿をもう想像できなくなっていた。それだけを根拠に、きっとこれが最後の映画鑑賞なのだろう、とまで思った。もっとも、誰にとってもこれが最後である可能性がある。また、最後じゃない可能性だってある。

映画館を出て外の空気を大きく吸いながら教授は、いいものを見させてもらったと誰にともなく感謝した。大宮に向かう前、この映画を観ようと思ったのは偶然だった。偶然だったけど、あのときそう思って良かった。良いことというのはいつも偶然が連れてくる。

これでもう思い残すことはないのだけれど、もしもまだ少し時間があるのなら、せっかく来たのだから、もう一度あの神戸牛を食べておこう、と教授は思い、三宮駅を北に抜けて北野坂の方に向かったあと、おぼろげな記憶を頼りに中山手通一丁目の小道をうろうろした。たしかこのあたりに、カウンター席しかない小さな店だが、一人客にはうってつけの鉄板焼の店があったはずだ。平日のわりと早い時間に一人で行くのだから、なんとかなるだろうと思った。

雑居ビルの一階にこじんまりと構えたその店を見つけた。入り口のドアのガラスから中を伺うと、頭に背の高い白のトックをかぶり、首に赤のスカーフを巻いたシェフがこちらに気づき、笑顔を浮かべながらドアを開けてくれた。カウンター席にはまだ誰も座っていなかった。

「お久しぶりです。ひとりなんですが、大丈夫ですよね?」と教授は声をかけた。すると、 シェフの笑顔は突然消え去り、こわばった表情で教授を見つめたまま何かを思案し始めた。
「申し訳ありません、今日は満席の予定なのです」
シェフはしぼり出すような声でやっとそれだけを言い、すまなそうに頭を下げた。教授はしかたなく今来た道を帰っていった。20メートルぐらい引き返したところで振り向くと、シェフはまだ頭を下げたままで動かないでいた。

あの店の神戸牛をいつかまた食べる機会が来るのだろうか。来るのだとすれば、それまで自分がまだ生き続けられるということだ。それとも、もうこの店には縁が無く、二度と訪れることもないのだろうか。どちらなのかは、意外に早く判明するのかもしれない。

教授は当てもなく来た道を引き返した。この界隈もそろそろ会社帰りの人々で賑わってきたようである。ふと顔をあげると、酒屋やバーが雑居する、正方に近い形をしたあまり高くないビルの上方に、ロシア語4文字で店名が書かれた看板を見つけた。それがロシア語であることは疑いようもなかったが、どう発音するのかも、またどういう意味なのかも、教授には分からなかった。自分はいま、誰なのだろう、と教授は思った。

幅広くて頑丈な階段を登っていくと、その店は3階にあった。ドア越しに中を覗くと、店内は酒場特有の薄暗さを保っていたが、目を凝らすといくつかのテーブル席が確認できた。客は誰もいないようである。一番奥にはバーカウンターがあり、店主と思われるやせ細った長身の金髪女性が背を向けて、長い足を持て余すかのように組んで座り、暇そうに携帯電話をいじっていた。カウンターの向こうでは、6フィート5インチはあろうかと思われる大男が準備に勤しんでいた。

教授は前にもこの店に来たことがあるような気がして、なんの警戒心も持たずにドアを開け、吸い込まれるように店の中に入った。ボルシチの匂いがした。ゆっくりと二三歩進んで、「食事できますか?」と訊いたが、女は振り向かずに無言で携帯電話をいじっていた。背後に気配を感じて振り向くと、そこにはいつのまにかカウンターから出てきた大男が立っており、後ろ手でドアを閉めていた。

女はゆっくりと振り向くと、両方の口角をめいっぱい上げて笑顔を作り、「お帰り」と言った。背後から肩越しに大男の毛むくじゃらで太い腕が現れ、教授の首にまとわりついた。

ちょうどそのとき、教授のポケットで携帯電話がメールを受信した。教授はやっとの思いで携帯電話を取り出し、視線を下げて画面を見た。山郎からだった。内容を確認すると、JAPAN TOUR 2013 「5TH DIMENSION」 LIVE ブルーレイの、先日NHKで放映されたものとの編集の細かな違いに関する詳細な報告だった。どうして発売日前にこれほどの立派なレポートが書けるのだろう。山郎は敵ではなかった。紛れも無い同志だった。

メールの日付は7月24日だった。山郎のカレンダーが狂っているのだろうか。それとも、自分の気づかぬうちにもう10日以上のときが過ぎ去ったのか。あるいは自分の周りだけ時間がゆっくり進んでいるのかもしれない。

大男が腕に力を入れるのが分かったと同時に、息がうまく吸い込めなくなった。腕に力が入らなくなり、教授の携帯電話は床に転げ落ちた。女は「あまり手荒な真似はしないでね、マロイ」と大男に向かって言いながら近寄ってきて、携帯電話を拾った。教授は、やっとの思いで「ナターシャ……」と言ったつもりだったが、それはほとんど声にならなかった。ナターシャは不敵な笑みを浮かべながら、携帯電話の画面と教授の顔を交互に見ていた。山郎にも危険が及ぶかもしれない、と後悔したがもう遅い。

やがてナターシャの顔は曇りガラスを通したように不鮮明になっていった。続いて視界の外側から暗黒が出現して全体に広がり、何も見えなくなった。

おしまい! と思ったけど、なんとなく続・教授の真夏へ続く。

教授、真夏の方程式で号泣す

■その1 千歳編
■その2 機内編
■その3 大宮編
■その4 再び機内編
■その5 神戸編
■続・教授の真夏
■続々・教授の真夏
■続々々・教授の真夏
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