2013/01/09

体罰の達人アベ先生の記憶

僕の学年はアベ学級とカヲル学級の二クラスだった。

今から考えると僕はカヲル先生の相当なめんこ*だったようで、何度クラス替えがあってもいつもカヲル先生のクラスだったから、アベ先生のクラスになったことは一度もなかった。アベ先生はとても厳しいという噂だったので、クラス替えのたびに僕はいつも内心ほっとしていた。でも父兄のあいだではアベ先生のほうが圧倒的に人気があった。ユウちゃんのお母さんも、ユウちゃんはアベ先生が担任になってから見違えるように勉強するようになったって喜んでいた。

アベ先生は普段は物静かで口数も少なく、クラスの違う僕はほとんどその声を聞いたことがなかった。そしていつも、どこか悲しげな眼で遠くを見つめている、というような印象があった。

一度、アベ先生のクラスの友だちに学級通信を見せてもらったことがある。当時の先生たちはみんな学級通信を鉄筆で手書きしてガリ版で印刷していたのだ。見慣れたカヲル先生のポップな感覚の学級通信に比べて、アベ先生のそれはまるで習字の手本のようにおかたい印象だった。

「最近、髪の長い子どもが目立ちます。子どもはスターではありません」

アベ先生はヘアスタイルや服装にもとても厳しかった。とにかく規律を重んじる先生で、その点においては父兄に宛てた文面の中であっても容赦はなかった。

アベ先生はよく体罰も使った。

ある日、洗面所でとなりで手を洗っていたカメダくんの左頬に真っ赤なアベ先生の手のあとが紅葉のように残っていた。

「カメ、なにやらかしたんだよ」
「なんでもねーよ」

まるでお相撲さんの色紙みたいにみごとな手形だった。みんなそのカメのほっぺたの手形を見てクスクス笑っていたが、カメはわざと平静を装っていた。あれだけ見事な手形は隠しようがないので、カメは開き直るしかなかった。むしろ、自慢げにわざと見せびらかしているようでさえあった。

アベ先生が実際にビンタをはる場面を目撃したことも何度かあった。ものすごい音のする迫力のあるビンタで、傍目で見ていても充分恐ろしかった。だけどビンタをするときでもアベ先生の眼は、怒りに燃えた眼ではなくて、あのいつもの悲しげに遠くを見つめる眼のままだった。僕はそれがよけいに恐ろしかったことをよく覚えている。

全校集会で体育館へ集まるためにみんなで廊下に並んでいたときのことだ。僕たちは退屈だったので、ついこないだ結成したばかりのリトルリーグチーム、ジャガースの、円陣のときの掛け声をみんなで考えていた。

「やっぱり、こないだの一番オーソドックスなやつに決めようぜ」
「ちょっとやってみるか」

僕らは廊下で円陣をくんだ。

「ジャガース! ファイト!」
「オー!」
「ファイト!」
「オー!」
「ファイト!」
「オー!」

大声を出すことの開放感と、みんなとの一体感。
そして叫び終わったあとのものすごい達成感に恍惚としていた。

ところがそのとき、遠くの方からからアベ先生が、その辺の子どもたちを乱暴にかき分けるようにして、ものすごい大股で歩きながら僕らに近づいてくるのが見えた。

しまった! やられる!

でももう遅かった。

「そういうことは、外でやれっ!」

アベ先生の怒号が聞こえるや否や、僕の目の前は一瞬真っ暗になり、そのあと閃光が走った。

「痛てて」と頭を抱えてうずくまると、僕のすぐとなりにいたケンちゃんも、僕とまったく同じかっこうをしてうずくまっていた。

恐る恐る顔を上げてまわりを見わたすと、そこら辺の男子を二人一組に捕まえては、それぞれの頭を片手ずつ掴んで、頭同士をガツンとぶつける、それを次々と続けるアベ先生の姿が見えた。まるで児童の集団に乱入した殺人鬼のようだった。その周囲には僕らと同じようにガツンとやられた男子が大勢うずくまっていた。誰もアベ先生から逃げられなかった。

「いやあ、痛かったなあ」あまりの痛さに僕の目には涙がにじんでいた。
「おまえなんかいいさ、一回だけだろ」と、以前からアベ先生に目をつけられているベンちゃんがいった。
「え? おまえ二回もやられたの?」
「おう、最後にひとり余ってな。俺らの人数が奇数だったんだな、ちくしょう。おまえちょっと来いっていわれて、その最後のやつともう一回ゴツンさ」

僕は涙を浮かべながら少し笑った。手で頭を触ると立派なコブができていて、押すとやっぱり痛かった。それが僕がアベ先生からもらった最初で最後の体罰だった。

それからしばらくして、クラス会といって各クラスでおやつとかを食べながらみんなで出し物をやったりする会があったのだけれど、となりのクラスでカメがすごい出し物をやったといううわさでもちきりになった。それで僕はカメに会ったときに、
「ねえねえ、何をやったの?」と聞いたら、
「ただの替え歌だよ」と答えた。
「なんの替え歌?」
「妖怪人間のベム、ベラ、ベロのところを、オーヤマ、マツダ、タナカに替えたんだ」それは知的障害で特殊学級にいる子たちの名前だった。「早く人間になりたい〜、ってさ」

僕は少しびっくりした。

「そんなことやってアベ先生に怒られなかったの?」
「いや、にこにこしながら聞いてたよ」

当時の僕は、周囲の子どもに比べればかなり大人びたほうだと自負していた。けれども、この話を聞いたときには、大人が子どもを叱るときの、その判断基準というものが完全に分からなくなって混乱してしまった。無邪気に騒ぐことが頭を割られるほどの悪いことなのに、残酷で差別的な行為(これも子どもらしいといえばそうなのだが)はお咎めを受けない。これが大人の常識とするならば、僕は大人を理解できない。そうだとすれば、僕はとりあえず、たとえそれが理不尽に思えようとも、おとなしく従っていくしかないな、大人になるまでは、と考えた。今思い出すと、そんな考え方をすること自体がやっぱり子どもらしくない、卑怯な子どもだったな、僕は。

*めんこ:贔屓にされている子の意。


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2020/05/20

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コメント
なんでそういう結論になるんだ?
このアベ先生とやらおかしいやん?
それともこういうコメントを期待しとるのか?
  • ほげー
  • 2013/01/10 12:36 PM
更新少なくてさみしいでーす
  • みっぴ
  • 2013/01/12 2:26 AM
体罰ってのは教師からすると本当に便利だったんだろうな、
便利さに慣れると人は思考停止するからね、最後には
直情的で感覚的な動機で生徒を殴るようになるんだろうね
  • a
  • 2013/01/12 5:43 PM
昨今の体罰論争への痛烈な批評たりえているユーモラスな筆さばきに
一本取られた感じです。
  • キミシルヤ非常勤講師
  • 2013/02/12 6:34 PM
>ほげー 嗜好に合わなくてすいません
>みっぴ すいません。月に一回はなんとかするようにします
>a そういうことですね
>講師 数少ない貴重な褒め言葉ありがとうございます
  • スミルノフ
  • 2013/03/15 3:43 PM
コメントは終了しました。

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