2020/01/11

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2011/11/14

ル・ニドゥ・ロワゾの記憶

銀座の高級クラブ「ル・ニドゥ・ロワゾ」で、私の隣についた女はミサゴと名乗る大柄の女だった。高級クラブには似つかわしからぬ臭いが漂っていたので、私はつい
「ちょっと磯の香りがするねえ」
と言ってしまった。これでも遠慮して言ったつもりだった。本当は魚臭いといったほうが正解だった。
「あら、そうかしら。わたしはずっとここにいるから気づかなかったわ」
ミサゴは手なれた手つきで水割りをつくり、白身魚の刺身がのった皿を得意気にさし出した。
「あの、この店のママの名前はなんていうのかな?」
「ママはオオタカっていうの」
「オオタカさんか。下の名前は?」
「下の名前? オオタカはオオタカよ」
あまり話は続かなかった。白身魚の刺身をひとつ口の中に入れた。とても生臭かった。
「これ、なんて魚かな?」
「魚の名前? さあ……。でも私はだいだいいつもこれを食べるの。私の子どもたちも大好きよ」
「子ども? そうか、お子さんがいるんだ」
「あらいけない。ここでは口に出しちゃいけないことだったわ。お願い、ママにはないしょにしておいてね」
ミサゴは胸の前で両手を合わせ、すまさそうな顔でそう言った。
店内の女はほとんどが大柄で体格良く、なんとなくみんな私のことをちらちらと見ているような気がした。

「わたしみたいなおばさんだけじゃつまんないでしょ。誰か指名したらどうかしら」
「指名か。誰かおすすめの娘さんはいるかね」
「そうね、今あいてるのは、ツミ、サシバ、ノスリ、チュウヒ……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。なんとなくだけど、肉食系ってかんじがするね」
「え、そうかしら。ひょっとしてお詳しい方なの?」
ミサゴは急に警戒心を強め、鋭い目つきで私を睨んだ。
「えーと……」
今のところ名前だけが手がかりだ。なんとか可愛らしい娘を呼び寄せることはできないだろうか。
「ヒバリちゃん、なんかいるかな?」
「ああ、ヒバリね」
サシバはおもしろくなさそうに鼻からたばこの煙を吹き出した。
「ヒバリはあそこで歌を歌っているわ」
ヒバリは少し離れたステージの上に立ってカラオケで歌を披露していた。
「あーあー、かわのながれのよーにー」
ヒバリという娘の実際の容姿は、私がヒバリという名前から連想する小さくて可愛らしいイメージとはかけ離れていた。
「どうする? 指名する?」
「いや、やめとく」
気まずい雰囲気が続き、ほとんど会話らしい会話もなく時間は過ぎていった。私は頭の中で、可愛らしい鳥の名前を懸命に思い出そうとしていた。
「そうだ、ツグミちゃん! ツグミちゃんを呼んでよ!」
ふっというミサゴの鼻息が聞こえた。
「残念ね、ツグミは今日はお休みよ」
ミサゴは灰皿に吸殻を押し付けた。

「実はわたしももう限界。わたしはどちらかというともっと魚っぽい人が好みなの。これで失礼するわ」
ミサゴが席を立つと、壁際からギャーギャーというけたたましい鳴き声が聞こえた。振り向くとそこには赤ちゃんかごが置かれており、双子の赤ちゃんが黄色い口を大きく開けていた。
「き、君の子かい?」
ミサゴはちょっと立ち止まって半分だけ振り向くと、違うわ、ママの子よ、と言って通路をまた歩き始めた。
ミサゴはどんどん遠ざかって見えなくなった。
いつのまにかヒバリもいなくなっていて、
ステージの上は真っ暗だった。

気がつくとそこは静寂に包まれていた。
さっきより薄暗いような気もする。
しばらくひとりで水割りをすすっていると、落ち着いた雰囲気の和服の女性が近づいてきた。
「申し訳ありません。今日はもう閉店ですのよ」
「あ、そうだったんですか。長居をしてすまなかった。あなたがママさんですね」
そういって立ち上がろうとしたそのとき、私は左腕が熱くなるのを感じた。
反射的に左腕を右手で押さえる。
ゆっくりと右手を離して手のひらを見る。
鮮血がついていた。
ママは両手を腰の前で組んで軽く首をかしげ、
微笑んだまま微動だにしない。
「何にぶつかったんだろう?」と私は言って、
血のついた手のひらをママのほうに向けた。

その瞬間、ママは私の手のひらを鋭いクチバシで突き刺し、 首を左右に激しく振って手掌の肉を喰いちぎった。

あまりの素早さに私は痛みを感じるひまもなかった。
ただその場にひざまずいて呆然とする私。
ママは血のしたたる私の肉をくわえたまま、
壁際の子どもたちに近づいてそれを与えた。

子どもたちは再び一斉に激しく鳴き出す。
黄色い口を大きく開けている。
黄色い口が次々に私の血で赤く染まる。
子どもたちの興奮は最高潮に達する。

「君はいったい、なぜ……」

ママは壁際で首を180度回転させて振り向くと、
大きな翼を広げて飛び立ち、
あっという間に私に飛びかかった。

ママの太くて黄色くて鋭い爪がある足の、
その一方は私の首を絞め、
もう一方は私の胴体をしっかりと押さえつけた。

頭が動かせないまま目線を下に向けると、
鋭い爪がどんどん私の躰に食い込んで、
そのまわりから、
じわじわと鮮血がにじみ出てくるのが見えた。

だけどあまり痛みは感じなかった。
首を絞められて脳への血流が途絶えていたからだ。
ママの首の絞め方はとても上手だった。
だからぜんぜん息苦しくもなかった。

そうやって脳への血流さえ断てば、もう
何をされてもあまり痛くないってことを、
ママはよく知っているようだった。

痛いどころか、むしろ気持いいぐらいだった。

視界にソフトスクリーンがかかったように、
見える物すべてがぼんやりしてきた。

もうまもなく、私は何も見えなくなるだろう。

私はとても幸せだった、と思えた。

ママがそう思わせたのだろう。
さすが銀座の高級クラブのママだ。

それからオオタカは大きなクチバシでゆっくりと私の躰の肉をついばみ始めた。


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コメント
先生って・・・M?
  • サンディー
  • 2011/11/15 7:13 PM
海……波が岩に打ち当たる。 そのヴァッサーゴという女性は岩にへばりつく磯巾着の様だったのかい?
  • 2011/11/16 9:48 AM
ちなみに主人公の名前は、なんなのでしょう。
  • 眠狂四朗
  • 2011/11/17 8:53 AM
なんだかエログロな方向に読まれてしまったようだなあ。 まあ自由だけど。 主人公の名前は考えもしなかった。 何がいいだろ。 レミング、かな?
  • スミルノフ
  • 2011/11/17 12:22 PM
ミサゴとオオタカの獲物の好みを知らないとつまんないだろうか。つーか、つまんねーんだろな。 僕は自然の世界で食われる方に、意外に食うほうが気をつかってるんじゃないかな、と思ったことを形にしてみたつもり。
  • スミルノフ
  • 2011/11/21 12:50 AM
コメントは終了しました。

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