2017/10/09

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2011/10/11

カフカとはチェコ語でカラスのこと、というのは本当なんだろうか? よく調べてみたら、ニシコクマルガラスのことだって分かったよ!

村上春樹の「海辺のカフカ」では、主人公の名前カフカがフランツ・カフカからの借用であると共に、チェコ語でカラスという意味をあらわすとされ、そのことが物語の中の重要なキーワードとなります。

でも本当に「カフカ」はチェコ語でカラスという意味なのだろうか、先生はちょっと心配です。

なぜかというと、先生の個人的な印象ではあるのですが、村上氏は鳥の名前、というか鳥そのものに、あまり興味がないと思えるからです。先生の知る限り、村上氏がその小説の中で鳥の種名を記載したことは数えるほどしかありません。「ねじまき鳥」に出てくる「かささぎ」ぐらいでしょうか。これだって種名というよりは「泥棒かささぎ」という曲の名前です。たまに鳥が登場したとしても、大概は「名前の知らない鳥」などの極めて素っ気無い記述が目立ちます。

そこへいくと、同氏の短編「中国行きのスロウ・ボート」をカヴァーした古川日出男氏はすばらしいです。

僕はたくさんの鳥を見る。ふたたびパンフレットによれば、多種の野鳥がこの庭園を訪れている。留鳥のセキレイ、カルガモ、ゴイサギ、カイツブリ、渡り鳥のホシハジロ、ハシビロガモ、オナガガモ、&c.。ただ残念ながら、僕が最多目撃数を誇ると感じた――だって経験したんだから!――野鳥については、ふれられていない。カラスだ。 種類を細説するならばハシブトガラス。知能派の、ふてぶてしい雑食主義者。

――古川日出男 二〇〇二年のスロウ・ボートより

これは主人公が浜離宮恩賜庭園を尋ねた場面。いったい古川氏はバードウォッチャーでしょうか。なかなかしぶい鳥たちの名前の連呼に続き、単に「カラス」ではなく「ハシブトガラス」について熱く語る古川氏です。先生は常々、たとえ鳥に興味はなくとも、ハシブトガラスとハシボソガラスぐらいは見分けて欲しいものだと考えていますが、ただ「カラス」とだけ記載することを許せなかった古川氏はただものではないと思います。この小説はこのあとさらにユリカモメも登場し、そしてハシブトガラスの駆除の是非についての熱い論議が繰り広げられることになります。

一方、その元になった村上氏の作品ではどうでしょうか。

図書館の玄関の脇にはどういうわけかにわとり小屋があり、小屋の中では五羽のにわとりが遅い朝食だか少し早い昼食だかを食べているところだった。(中略)そして煙草を吸いながらにわとりたちが餌を食べているところをずっと眺めていた。にわとりたちはひどく忙しそうに餌箱をつついていた。彼らはあまりにもせかせかしていたので、その食事風景は、まるでコマ数の少ない昔のニュース映画みたいに見えた。

――村上春樹 中国行きのスロウ・ボートより

このように、ただの「にわとり」でおしまいです。これがウィスキーだとかジャズだとかだったらここで細かいウンチクを出すくせに、鳥となると実に素っ気なく、白色レグホンも名古屋コーチンも出てきません。さらに、ただにわとりを見つめるだけで、特に興味があるとも思えず、どこかひとごとで、要するにどうでもいいようです。

本当に「カフカ」はチェコ語でカラスという意味なのだろうか。日本野鳥の会所属の先生としては、かなり心配になってきました。

そこで登場するのが前々回も参考にした「世界は村上春樹をどう読むか」です。この中で、チェコの翻訳者トマーシュ・ユルコヴィッチさんが、会場の日本人からずばりそのままの質問を受けてそれに答えています。

会場1(日本)「海辺のカフカ」のなかで、主人公のカフカという名前は、チェコ語では「からす」という意味だと説明されています。実際にはどうなんですか? ユルコヴィッチ からすには似ていますが、少し背が小さくて、色もちょっと違う鳥の名前です。しかし大きく言えばからすの一種ではあるので、逐語的に訳しても、チェコの読者に意味は伝わると思います(チェコ語のカフカkavkaは「コクマルガラス」を指す。作家名のカフカkafkaとは綴りは違うが、発音は同じ――沼野注)。

――「世界は村上春樹をどう読むか」より。

この記述で大方の読者は納得するでしょう。これ以上何を求めるの。しかし、野鳥マニアの先生としてはこれぐらいでは満足できません。この記述を頼りに、先生はチェコ語とカラス科の分類の旅に出たのでした(もちろんネットの世界での話ですけど)。興味の無い方のために先に結論を短く書いておきます。まず、ユルコヴィッチさんの答えですが、「カラスとは似ている、でも違う鳥、だけど大きく言えばカラスの一種」というのは、よく読むと訳が分からなくなりますけど、これは生物分類学的にいっても実に完璧な正解を言い表している、ということが分かりました。それから沼野充義さんの註釈にある「コクマルガラス」ですけど、おおまかに言えば正解、細かくこだわると不正解ということになります。

それではまず沼野氏の注釈にでてきたコクマルガラス、これは先生も実際に見たことがあり写真も撮ってるのでお見せしましょう。

コクマルガラス白色型

これです。通常よくみるカラス(すなわちハシボソガラスとハシブトガラスのことです)よりもひとまわり小さくて、写真のように首と腹が白いものがいます(全身真っ黒なのもいますが)。

これで決まりでしょうか。先生は「kavka」で画像検索してみました。

kavka

やはり、ちょっと小さめのカラスの画像がたくさん出てきました。でも先生の撮影したコクマルガラスとは少し印象が異なります。この中の画像の一枚が「Kavka obecná」という名前だったので、それでさらに画像検索をかけてみます。

Kavka obecná

だんだんとその姿が明確になってきました。これは先生の撮影したコクマルガラスと非常によく似た種ですが、厳密には違います。これは学名Corvus monedula、日本名はニシコクマルガラスといいます。ためしに「ニシコクマルガラス」で画像検索してみましょう。

ニシコクマルガラス

ほらね。先生の撮影したただのコクマルガラスとは目に白目があるところが違います。

というわけで、沼野先生のコクマルガラスという答えは、コクマルガラスの仲間という意味なら正解、ただし種名としては不正確ということになります。すなわち、厳密な正解としては次のようにいうことができます。

チェコ語でカフカといえばKavka obecnáのことであり、これは学名Corvus monedula、日本名はニシコクマルガラスである。

コクマルガラス(Corvus dauuricus)の英名はDaurian Jackdaw、ニシコクマルガラス(Corvus monedula)の英名はJackdawまたはEurasian Jackdawです。すなわち日本で単にコクマルガラスといえばコクマルガラスを指しますが、ヨーロッパで単にJackdawといった場合にはニシコクマルガラスの方を指すことになります。それは分布をみればもっともなことで、ヨーロッパに分布するのがニシコクマルガラス、ロシアからアジアにかけて分布するのがコクマルガラスだからです。したがってコクマルガラスはしばしば日本でも見ることができますが、これまでに日本でニシコクマルガラスが目撃されたのはわずかであり、もちろん先生も実物を見たことはありません。

Corvusというのはスズメ目カラス科カラス属を指すのですが、近年コクマルガラスとニシコクマルガラスに関しては、CorvusではなくColoeus(コクマルガラス属)として分けようという話になっているようです。だから、Coloeus dauuricusColoeus monedulaと書くのが正しいのかもしれません。しかし、未だにCorvus表記が多いのも事実です。

いずれにしても、コクマルガラスとニシコクマルガラスは、カラス属(Corvus)の本流とはいえません。しかし、同じカラス科として非常に近い位置にはあります。ですから、冒頭のほうで引用したチェコの翻訳家ユルコヴィッチさんの答えは、まさに正解といえるのです。

それでは、いわゆるカラス、たとえばハシボソガラス(学名Corvus corone、英名Carrion Crow)なんかは、チェコ語でなんというのでしょうか。ハシボソガラスはチェコ語でVrána obecnáです。つまり、一般的なカラスのことはチェコ語でVrána(ヴラーナ)というようです。

本日の結論です。

  1. チェコ語でカフカといえば、普通はコクマルガラス属のニシコクマルガラスのことを指す。
  2. 普通のカラス(カラス属のカラス)はチェコ語では一般的にヴラーナという(と思う)。
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2017/10/09

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コメント
なんだかんだいって教授は村上氏がお好きなんですね。 ツンデレ系なのでしょうか。
  • 眠狂四朗
  • 2011/10/12 8:30 AM
・・・その種のカラスは、ヨーロッパでよく見かけます。 単に日本語で通常「カラス」としか使われていないことが 原因だと思うのですが・・・?  因みに、その程度の使い分けはどこの国にもある様ですよ。
  • 通りすがりの者ですが・・・
  • 2011/10/13 5:25 AM
稲見一良の「男は旗」という小説、コクマルガラスが主人公ですね
  • TEST
  • 2011/10/13 3:52 PM
教授の目のつけどころ、さすがと言うか面白かったです。 申し訳ないけど私はもっとひどくて、「今朝はデブ鳥がたくさん来てフンだらけにしたなー」とか「ごきげん鳥が朝からうるさい」とか「チビ鳥が水浴びに来てる」とか言ってます。すみません。 気になったのでがんばって調べてみましたよ。デブ鳥はAmerican Robin、ごきげん鳥はTitmouse、チビ鳥はChickadeeと言うらしいです。でも言いにくいなあ。
  • るい
  • 2011/10/14 11:00 AM
村上氏が鳥の名について大雑把なのは、他の事物(例えばウイスキーやジャズ)に対する細かな言及との対比なのでは?と僕は思っています。 村上氏の小説ではしばしば「ある地点」から主人公やその周囲の人々が「不思議な世界」に迷い込むことになりますよね。そこでは「現実の世界」と違って曖昧な表現や名称が使われることが多々あります。 超自然的で不確かな「不思議な世界」と、明確な名称のある様々な人工物の充実した「現実の世界」。 カラスやニワトリに対して細かな説明がないのは「現実の世界」に属しているように見えつつも「超自然的な世界」にも属しているかもしれないからなのでは?
  • ヤギ
  • 2011/10/16 1:20 PM
たくさんのコメントありがとうございます。 >眠さん うーん、好きかどうかは難しい問題です。 >通りすがりさん ヨーロッパで見かけることも日本がいっしょくたにカラスとしていることも私が言及したことです。私はさらにその先の種名を求めて、それが今ニシコクマルガラスと判明してすっきりしているのです。それが主題だったといえます。 >TESTさん なかなか評判の良い小説のようです。ぜひこんど読んでみようと思います。ありがとうございました。 >るいさん いずれも懐かしい思い出のある鳥です。いくつかは過去に撮影もしています。http://sss.jugem.jp/?eid=263 Black-capped Chickadee(アメリカコガラ)は、日本ではコガラ、ハシブトガラ、シジュウカラあたりが近い種で、こいつらが鳴いていると、今でも「Chickadeeと鳴いている」と思います。 >ヤギさん 貴重なご指摘ありがとうございます。鳥はきっと、線の引かれた大学ノートの、ウイスキーやジャズが書かれたのではない方に、書かれたのですね。
  • スミルノフ
  • 2011/10/17 8:31 PM
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