2018/01/16

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2011/10/05

へっぽくらくらしまんがとてむや

先生がさすがハルキと思わさせられるのは、その莫大な数の謎とき本や解説本の存在です。先生にも謎とき本に凝った日々があったんです。最初はやはりみんなも大好きな「村上春樹イエローページ」なんか、とてもおもしろく読みました。8月8日に始まり18日後の8月26日に終るとわざわざ冒頭で宣言されている「風の歌を聴け」のストーリーが、実は18日間におさまってない! 加藤氏のこの大発見に関しては、その後様々な解釈がなされるわけですが、世にでるかどうかすら分からなかったデビュー作にこれだけの謎を仕掛けてるぐらいなのですから、その後の出世作にハルキストが臨むべき謎がどれほど秘められているのかは推して知るべしです。

でも先生、実は今ではどうでもいいことのように思ってます。だって、謎の18日間がそれほど重要な鍵を握ることなのであれば、その謎はもっと早くにもっと多くの人によって指摘されていなければならなかったはずだからです。

逆に、後から思い出すほど、そのおもしろさが滲み出てくるのは、「世界は村上春樹をどう読むか」です。これって文庫になってるんですね。先生はちょっと驚きました。この本は、まずお決まりの、退屈な、ハルキの無国籍性についての議論から始まり、後半は世界中から集まった翻訳者たちの、やや専門的な翻訳談義に終始し、読了直後はややつまらないと先生は感じました。しかし、後になってからじわじわと、世界中のハルキストたちのざわめきが、この本から聞こえてくるようになりました。

先生は中でもロシアの翻訳者コヴァレーニンさんがおもしろかった。彼が「やみくろ」をどう訳すかに迷い、ルイス・キャロルっぽく訳してもいいかと、ムラカミ氏本人に相談したときのことが載っています。当然コヴァレーニンさんも、これまでの大方の読者同様、「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」の「ワンダーランド」は、「不思議の国のアリス(Alice's Adventures in Wonderland)」の「Wonderland」だと思っています。ところが意外なことに、執筆時にムラカミ氏はとくに「アリス」のことは考えていなかった、という事実が明らかになります。まあ嘘かもしれませんけど。でもムラカミ氏は、それはそれでおもしろいアイデアなのでどうぞご自由に、と翻訳者に対する意外なまでの寛容さをみせます。

コヴァレーニンさんは「夜のくもざる」を訳すワークショップでも大活躍します。「くもざる」をロシア語に訳すのにあたって、いろいろな種類の「くも」と「さる」の組み合わせを考えて子どもに聞かせ、もっともおもしろい「くもざる」の造語をつくりだしたぞと、コヴァレーニンさんは意気揚々と語るのですが、「実際にくもざるという動物がいてロシア名もあるのに、わざわざ別名を創作したのはなぜか」という質問が出て、そこで初めて「くもざる」が実在の動物であることを知って愕然とするコヴァレーニンさんの姿は眼に浮かぶかのようでした。「くもざる」のことを「やみくろ」や「羊男」と同様、ムラカミ氏の創作上の存在と考えていたんですね。

参考:「密林の軽業師 クモザル」│ダーウィンが来た!生きもの新伝説

ある訳者はムラカミ氏本人に原稿をチェックしてもらったところ、いくらかの訂正があっただけで、そのうちのひとつは「わかる」と「かわる」の単純な取り違えで、「ひらがなで書いた自分が悪かった」と逆に謝られたそうです。どうやらムラカミ氏は、翻訳者に対しては、われわれが思っているよりもかなり寛容であり、翻訳者自身の自由度を相当認めているようです。これも世界中で訳される秘訣のひとつかもしれませんが。

先生はこれまで、ムラカミ氏は最初から翻訳を意識して、僻んだ言い方をすれば世界の目を気にして書いていると思っていました。でも一概にそうと断言はできないと思うようになりました。たとえば、「かえるくん、東京を救う」で、かえるくんが、「かえるさん」を「かえるくん」と正すくだりなど、各国翻訳者は相当苦労を強いられているようです。また、ムラカミ氏は「〜になる」と「〜となる」を巧妙に使い分けているそうですが、これを英語で表現するのは至難の業だという話もありました。英語の訳者は、アメリカ的だからやりやすいだろうと言われるが、けっして簡単ではないと言ってます。

この本は2006年に17カ国23人の翻訳家や研究者が一同に会したシンポジウムの記録でもあります。現存の作家一人に関してこのような世界的な研究会が開かれること自体が驚きであり、また周知のように40近い国々で翻訳されていることを鑑みれば、ムラカミ文学に対して、「どうでもいい内容と気取った文体からなる西洋的な大衆文学」という一面的な評価を下すのは早計であると考えざるを得なくなります。

世界の翻訳者たちの言い分から聞こえてくる共通のキーワードとして浮かび上がってくるのは、意外なことにもムラカミ文学の「日本的叙情」です。私たちはムラカミ文学にアメリカを感じますが、逆に世界は日本を感じているのだといいます。ムラカミは機械でも翻訳できるように書いているのではなく、慣習的な表現を避け、自分の言葉で、わざと簡単な表現を使って、日本について書いているのだ、というのが、結局彼ら共通の主張のように思えました。

ハルキは、日本語で日本人について書いている。ということが浮かび上がってくる。

このことは、ムラカミ氏本人の発言からも伺えます。

「文章的に言えばたしかに、僕の文章は日本的な文章ではないですね。例えば川端とか三島みたいに日本語と情緒的に結びついているというか絡み合っているという部分は僕の文章にはないです。はっきり分けているから。にもかかわらず残る日本人的なものというか日本的なものに興味があるんです。」村上春樹を読みつくすより

また、アメリカの大学で「象の消滅」について、学生から「場所が日本でなくても成立する話ではないか」と言われたことに対し、「そうではなくて、これは日本の小説である」と反論したエピソードがあります。式典で小学生の代表が「象さん、元気に長生きしてください」という作文を読み上げるシーンに関して、

「日本人の読者ならそんなことはとくに不思議だとは思わないだろう。しかしアメリカ人はそれを不思議であると思う。そんなことはありえないと思う。何故小学生が象に向かって作文を読み上げなくてはならないのか?」村上春樹を読みつくすより

つまりハルキは、自分の日本語で日本人的なもの日本的なものについて書いている。

1Q84には、1984年の日本の世相を代表するエリマキトガケもグリコ森永事件もマハラジャもシンボリルドルフも出てきません。これを書かないのは日本以外の人には分からないからなんだろう、と揶揄する向きもあります。しかしどうでしょう。日本人的なもの日本的なものについて書くハルキにとって、それらは単に一過性で瑣末なことだっただけなんじゃないだろうか。と思えるようになってきたぞ、先生は。だって、それじゃあ、ヤマギシ会やあさま山荘やオウム真理教は世界に分かることだろうか(オウムは分かるかもしれないけれど)。

そしてさらに、ひょっとして、ノーベル賞、もらっちゃってもいいんじゃないか? という気がする日もくるようになった先生であった。しかし一方で、うーん、これがノーベル賞でいいのか?という気がする日もまだある、まあそんな複雑な、今日この頃であったのである。

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