2020/01/11

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

|-|by スポンサードリンク

2011/08/30

コトラ11:犬に順位などあるか

アリの群れの行動をついつい人間社会に例えて考えてしまうのは人間のもっとも悪い性癖だ。働かないアリの存在意義は異変に対する余力である、だなんて、人間は意義を無理やり考え出す天才だなあと思う。人間は考えすぎる葦なのである。

人間は魚の群にリーダーなど存在しないことをようやく理解したようだが、サルやオオカミでは群れ社会を統率するリーダーとやらが存在すると考えているようだ。群れには個々の力関係や役割分担のようなものがあり、単純な上下関係やヒエラルヒーを形成している、というわけでもなさそうだなあ。と、つい油断して、人間の視点で書いてしまったが、そうだった、私はそもそも「リーダー」という概念を理解できない犬、ということになっているのをうっかり忘れてしまった。だって、そういう前提で書くとなると、くどい文章になってしまって自分でも飽きてきたんだもん。でも乗ってしまった船だ。仕方がない。

オオカミの、人間がいうところの「社会」における、人間がいうところの「リーダー」とやらである、人間がいうところの「アルファ・オオカミ」とやらは(ほら、くどいでしょ)、ただ強いだけではなく弱いものにも気遣い、その群れの行動を決定しているなどと人間はいう。人間はどうしたって、人間の常識内でしか物事を考えられないから、それでリーダーだの社会だのいうのだろう。人間の想像力や発想力はしょせん人間のものでしかないのだから、動物の行動に関していろいろと研究や学問があるのだろうけれども、結局それは人間の頭の中の範囲内で作りだしたものに過ぎないのだ。科学者にいわせれば、「この社会構成主義者め!」と怒りたくなるだろうけれども、私は犬なのだから、私は人間がいうところの犬なのだから、社会構成主義(社会構築主義)の立場をとったところで何の悪いことがあろう。

さて、私はといえば、私は飯をくれるからといって飯やり女を主人だとは思えない。メシの時間が来ると私は部屋中に響き渡る大きな声で吠えまくる。この家の家族は、私が「早くメシをよこせ!」とリーダーのごとく怒鳴っている、と思っているらしい。何の根拠があってのことだろう。逆に「早くゴハンをいただけませんか?」と言っているかもしれないではないか。いや、実はどちらでもない。私にとってはどちらでもいいことなのだ。正直にいうと私には両者の違いが分からない。私はただ「メシメシ」と叫んでいるだけだ。

私は飯やり女を主人だとは思っていないが、飯やり女と、彼女の代わりにときどき飯をくれるその母親には少々甘えることがある。これも別に彼女たちが上位だとか、彼女たちに対して愛情を持っているとかの理由によるものではない。甘え続けることで最終的に何か食べ物をくれる可能性があるからである。その他の人間に対しては、甘えたからといって食べ物をくれる保障はないので、甘えるどころか呼ばれても近づかない。ただ見知らぬ人間であっても食べ物を手にしていたならば、果たしてそれをくれる人間なのかどうか熟考に入り、様子をうかがう。

モネは私より一年後にこの家にやってきたのだが、そのとき私にとって、モネは黒くて小さな何か得体のしれない動く物質にすぎなかった。モネは私ほど食物に執着がなく落ち着きもなかったから、集中して餌を食べるということがなかったので、モネの餌皿にはいつも餌が半分くらい残っていた。私にはモネの餌を横取りするチャンスが何度もあった。しかし私は、得体のしれない黒い物質が食べているものを、私にも食べられるものだとは思えなかった。だから私は当初はモネの食べ残しに近づけなかったのである。日常の大半を食べ物について考えることに費やしている私が近づけなかったのである。もちろん今では、モネがとろいメス犬だということが分かったので、すきあらば餌を横取りする体制を整えている。しかしモネもそのへんはずいぶん学習したようで、最近は私に奪われまいと急いで食べるようになった。モネは私の真似ばかりして成長した。

現在のモネと私の関係は以下の写真のごとくである。力では私のほうが圧倒的に上なのに、モネは私を上から抑えつけようとする。そのうえ、チ◯ポもついていない腰を私に押し付けるのである。このような様子をみて、家族たちはコトラとモネではどっちが上位なのだろうと悩んでいる。私には順位などには関心がない。くどいようだが、そもそも順位という概念がないのだ。

私の上になるモネ
私の上になろうとするモネと関心のない私。ここでひとつだけ注意を喚起しておこう。順位などというのは人間の概念にすぎないというのが前章から続く本章の主張であったが、「人間の概念にすぎない」ということ自体も人間の概念にすぎない、ということが否定できない。だって本章は人間によって人間の言語に意訳されたものなのだから。

関連記事

2020/01/11

スポンサーサイト

|-|by スポンサードリンク

コメント
それを言っちゃあお終いよ。
  • 仮性体臭
  • 2011/09/01 1:40 AM
>仮性体臭ワン だが現代思想はそういうメタメタ思想のスパイラルで閉塞してしまい、総論を捨てざるをえなくなって、各論や他分野での使い回しだけが残っている、などと雰囲気的に感じておるワン。
  • コトラ
  • 2011/09/03 7:45 PM
>コトラさん お久しぶりです。レスが遅くなってすみません。 そういえばその昔、「現代思想」の編集長を辞めた三浦雅士氏が次の編集長として就任したのが「ダンスマガジン」だったのを思い出します。もうなんか言語の地平の中で閉塞してしまって、息苦しくなってどうしようもなくなって、それでようやくたどり着いた場所がダンス、というよりも身体の領域だったんでしょうか?そりゃあさぞかし解放感があったことだろうなと今にしてみると思えてきますね。私なんか俗物だから同じ身体の領域でも「ダンスマガジン」ではなく「デラべっぴん」の方に走りそうですが・・・ どうでも良いですが最近実験も仕事も早くも行き詰っております(笑) 私は一体何処の領域に開放を求めるのでしょうか?
  • 仮性体臭
  • 2011/09/13 12:49 AM
>仮性体臭クン またまた興味深いお話をありがとう。大江健三郎がたどりついたのがフットボール、それをパロった村上春樹がたどりついたのがピンボール、というのはまた別の話なんだろうか。先生は一時代を築いた英知諸雑誌の中で、どうしてデラべっぴんが一番人気があるのか分かりません。先生が好きだったのは本家べっぴんとかべっぴんハ……
  • スミルノフ
  • 2011/09/13 12:00 PM
お久しぶりです教授 正直に告白するとエロトラブとかエロトピアみたいなエロ漫画系雑誌の方が好きでした。買う勇気はなかったですが(笑)
  • 仮性体臭
  • 2011/09/13 6:49 PM
まじめだと思っていた高校の同級生Aくんの家に遊びにいったら、本棚が大学ノートの表紙でカモフラージュされたエロトピアだらけだったことを思い出した。だいぶ前になくちゃったけどね、Aくん。
  • スミルノフ
  • 2011/09/16 1:25 PM
コメントは終了しました。

教授御尊顔
教授御尊顔
だまれ!
follow us in feedly
Links
サイト内検索
Googleサイト内検索
懐コンテンツ
喉頭鏡素振りのススメ
スミルノフスイッチ
カテゴリ一覧
過去ログ
Recommend
史上最強カラー図解 はじめての生理学
史上最強カラー図解 はじめての生理学 (JUGEMレビュー »)

ダルビッシュも読んでいる、先生の恩師の著書です。買ってやってくれや。
いちばんやさしい生理学の本
いちばんやさしい生理学の本 (JUGEMレビュー »)
當瀬 規嗣
先生の恩師です。買ってやってくれや。
Others
mobile
  • qrcode
powered
  • 無料ブログ作成サービス JUGEM
PR