2014/10/08

STUFF ON MY MIMI 2  ―― 人は変われない、でもネコは変わる

stuff on mimi

A man has to be what he is, Joey. You can’t break the mold. I tried it and it didn't work for me.

人は変われないんだ、ジョーイ。型を破ることはできない。やってみたがダメだった……

映画:シェーン(1953年)より

いきなりですが、映画シェーンのラストシーンで、主人公シェーンがジョーイ少年に語ったセリフから始めてみました。この映画は子どもの頃に飽きるほど繰り返して観ました。特にラストシーンは大好きです。"A man has to be what he is..." は様々な日本語に意訳されていますが、まだ幼かった先生の心には、「人は変われないんだ……」と呻くように言う吹き替えのセリフが突き刺さりました。おそらく、人生において生まれて初めて自分の中に受け入れた教訓です。

それからの先生は、「人は変われない」という部分だけを文字どおり真理だと信じこみ、それを一度も疑うことなく育ち、したがって「変わろう」という努力も一切しないまま、気がつけば人生のピークをとっくに通りすぎていました。そして今、やっぱり俺って変わってねえなあ、としみじみ思うのです(もちろんダメなほうの意味で)。

大人になってからペイルライダーを観た結果、――これはいろんな意味でシェーンを踏襲した作品ですが、少しだけ考え方が変化したことはしたのです。それは、「変われない」ということが何を示唆しているかというと、「罪」ではないかと考え始めたことです。たとえ余りあるほど償われたとしても、自分の犯してしまった罪はけっして消え去ることはない、結局それは墓場まで背負っていくしかないのだ、ということが、シェーンの「変われない」というセリフを導き出したのではないだろうか。もちろん先生は、殺人ほどの重罪をまだ犯してはいませんが、とても生きているうちに消え去るとは思えない罪悪感と自責の念を抱えながら生きていることはたしかです。

いや、失礼しました。これ以上続けると、とても暗くて不毛な話になること間違いないので、話を変えましょう。というか、この辺でもともと考えていた本題に入りたいと思います(←やっとかよ!)。

本日のお題は、「ネコは変われるのか」です。

続きを読む >>
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

2013/03/09

ピースちゃんに会ったときの話

私は以前、"今さら風太に会いにゆく、を今さら書く"というエントリーを書いた。風太くんブームが2005年、彼にやっと会えたのがその5年後の2010年8月、そしてそのことをやっとブログに書けたのはさらに1年3ヶ月後の2011年11月だった。

このエントリーの中で私は、"風太くんとピースちゃんには生きているうちにぜひ会いたい"と書いている。風太くんには実際に会うことができて願いの一方がかなったわけだけれど、さてもう一方の願いであるピースちゃんに会える日はいったいいつ来るのだろう?

なーんて書きだしてみたが、実を言うと2011年7月に松山に行く機会があり、そのときすでにピースちゃんと会うことができちゃっていたのである。願いはとっくにかなっていたのだ。ところがその後私の遅筆ぶりに拍車がかかり、何も書けないままあれから1年8ヶ月が過ぎようとしている。いくら考えてもそのときの感想はなかなか言葉では表現できないし、このままお蔵入りでいいかなと思っていた。でもせっかくなのでそのとき撮った写真ぐらいは載せておこうかなとさっき突然思い直し重い腰を上げたしだいである。つまり元々はボツエントリーなので内容もそれなりのものであることをあらかじめお断りしておく。

では始める。

私が初めてピースちゃんに言及したのは2005年1月29日で(ホッキョクグマのピース)、これを読むとおそらくその前日のテレビ番組でピースちゃんに魅せられたものと思われる。ピースちゃんすでに5歳ぐらいのときであったが、生まれてすぐからの成長ぶりがたっぷりと放映されてそのかわいさに魅了されたのはもちろんのこと、育ての親T氏やその家族とが生み出したドラマにも心打たれた。

2011年7月、私はなぜか松山にいた。この千載一遇の好機を逃すわけにはいかない。私は松山を訪れた本来の目的を反故にするほどの覚悟で、砥部町行きのバス乗り場に立っていた。

ひょっとしてバスの乗車券売ってるかも、と思ってバス乗り場のある建物に入って尋ねると、バスの往復乗車券と動物園の入園券がセットになったお得な(どれぐらいお得なのかは知らないけれど)券が売っていて助かった。
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

2011/11/17

謎の陸上動物 ゴマキヒトデ

もうお忘れかと思うが、当ブログのエントリー「コトラ2:なぜ犬だと思うのか」で、最後に出てきた真っ黒なおばけみたいのは何ですかというpuripuri博士からの質問があった。再掲するが、これである。

毛だけからなる何がしかの生物

さすがpuripuri博士、いい質問です。今回は先生が研究に研究を重ねて明らかにした、この動物の恐るべき正体をお見せしよう。

結論を先にいうと、これはゴマキヒトデという陸上動物です。写真では姿かたちが今ひとつ分かりにくいので、先生のイラストで説明しよう。

ゴマキヒトデは、棘皮動物門毛ヒトデ網毛ヒトデ目オカヒトデ科ゴマキヒトデ属に分類される体長140-190cmの陸上動物である。以前よりネパール、ブータンなどで目撃情報があり、人を食べる恐ろしい動物として古くから伝承されてきた謎の動物であったが、1981年に初めて捕獲され、その形態が明らかになった。しかし、生態についてはまだほとんど謎につつまれているのが現状である。

ゴマキヒトデ1

体表を覆う黒い毛のようなものは、当初は腕が幾本にも分裂してできたものといわれていたが、現在では棘化した表皮が毛状に変化したものではないかと考えられている(すなわちウニのトゲに相当する)。普段はその体毛に隠れてなかなか見えにくいが、腕(足)は五本あり、五放射相称構造となっている。それゆえに、どのような方向にも自由に移動することができる。

それでは、1981年に初めて観察された体の下側を見てみよう。

ゴマキヒトデ2

下から見ると五放射相称の腕(足)がよく見える。そして腹側中央に口がある。肉食で、死んだ動物などを食べるが、ときに生きている動物を自ら捕獲して食べることがあるという。

もう少し拡大してみよう。

ゴマキヒトデ3

腹側中央の口には鋭くて硬い歯が多数並んでいるのが分かる。この硬い歯で、たとえ獲物が大きな動物であっても、その骨まで噛み砕くことができるのだ。

さて、動物が獲物を丸呑みする場合、通常は食道を円滑に通過させるために獲物の頭側から飲み込むことが多い(特に魚類は頭側から飲み込まないと鱗が引っかかってしまう)。また、肉食の哺乳動物は頚部を絞めるなどの方法で獲物を絶命させてから食する場合が多い。

しかし(ここからがこの動物の恐ろしいところなのだが)、オカヒトデ科の動物はまず最初に獲物の足を捕らえることが多く、生かしたままで足から食することが多いのだ。ゴマキヒトデが人間を食う場合も同様で、意識のあるまま足から順番に食べていく。このため、食べられる人間は絶命の瞬間まで激しい痛みを感じることとなる。

実際に、ゴマキヒトデに人間を与えたところを見てみよう。

ゴマキヒトデ4

あ、グロ注意って書くの忘れた。もう遅いか。

そろそろ本当のことを言おう。最初の写真は、円山動物園のゴマキである。しかし、円山動物園に行くと、夜行性のゴマキはいつもああいうかっこうをしており、顔も四肢も見えない。だから先生は密かに、あれは顔のないヒトデみたいな動物ではないのかという妄想をいだいていたのだ。

何ヶ月か前にナイト・ズーが開催され、夜に円山動物園を訪れることができた。先生は、そのときに初めて動くゴマキを見た。衝撃をうけた。もちろん、ゴマキの顔や足を見たのも、そのときが初めてだったのだ。

ゴマキ

ああ、ゴマキは生きているのだ、と思った。当たり前だけれど。

ゴマキ2

特に説明の必要もないと思うが、念のために確認しておく。ゴマキはナマケグマである。なまけているクマではなくて、ナマケグマという名前の種類である。たぶん夜行性で昼間は寝ているので、こういう名前になってしまったのだろう。人間と生活サイクルが違うというだけで。ゴマキから見たら、夜寝ている人間こそ、ナマケビトあるいはナマケジンといえよう。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

2011/11/08

今さら風太に会いにゆく、を今さら書く

先生は自分が生きているうちにぜひ会っておきたい動物が二頭いる。それはレッサーパンダの風太君とホッキョクグマのピースちゃんだ。

あー、風太ってあれね、「二本足で立つ」って話題になったレッサーパンダね。何年前だっけ、あれ。でもさあ、あのあと、全国のレッサーパンダが、俺も立てるよ、俺も俺も、って次々に名乗りをあげてさ、結局そもそもレッサーパンダは二本足で立つものだっていうことになったんじゃなかったっけ? そんで今じゃ風太はすっかりすねちまって、逆に二本足で立たないレッサーパンダに成り下がってるっていうじゃない。

ひどい、風太君のことをこんなふうにいうなんて、いったい誰だよ(誰だよって俺だよってか)。

2003年に生まれ、2004年に静岡の日本平動物園から千葉市動物公園にやってきた風太君。運命の2005年5月、見事な二足起立で日本のスターにまでのぼりつめた。

もう5年以上も前のことである。

風太君はその後どうしているのだろう。ブームはもともと去るものだから、いま風太君を語ることについての受け止め方は人それぞれであろう。けれども先生は、なんだかんだいって、どちらかというとマイナーだったレッサーパンダの人気を確立したという功績は、非常に大きいのではないのかな、と思っている。そして機会があればぜひお会いしたいものだと常々願っていたのだ。

その先生の願いは意外に簡単に、最近かなえられた。いまここに、そのときの経緯をレポートすることとしよう。読者諸君はもうお分かりのことと思うが(もしお分かりでなければただちにウィンドウを閉じることをおすすめする)、先生が動物園をレポートするさいには、ある決まりごとがある。それは「円山動物園」というエントリーで初めて用いた手法のことである。このときはわりと好評だったので、いい気になってその後何度も使っていたのだが、そのうちに全くウケなくなってしまった。ウケないと分かっていることをやるのは、いくら先生でもつらいんである。しかし、今さら手を引くわけにも行かない恒例行事なので、またいつものように始めることにする。

風太01
先生が風太君のいる動物園を訪ねたのは、セミの鳴き声もまだ喧しかった夏の盛りのことである。
風太02
正門をくぐると、まずセミの抜け殻が目についた。セミの抜け殻ワンダーランド。道民はセミの抜け殻が物珍しくて好きである。セミの抜け殻を探して動物の檻とは関係ない方向の茂みに入っていく中年の男がひとり。それを怪しげに横目で気にする親子連れたち。自分でいうのも恥ずかしいが、あとでフォルダをのぞいたら、半分ぐらいがセミの抜け殻の写真だった。
風太03
先生は何をしにきたんじゃ。そうじゃ、動物を見にきたんじゃった。いかんいかん。思い出したように方向を変えて歩き出した先生を迎えたのは、先生の大好きなオオヒラタシデムシであった。ここは(よく似たヒラタシデムシもいる)北海道ではないので、これは確実にオオヒラタシデムシであると断言できる。北海道にいるときのように、ちょっとまてよ、これはヒラタシデムシかな、それともオオヒラタシデムシかな(名前の違いからイメージされるほど大きさに違いはないのである)などと悩まなくてもいいのである。その悩まくてもいい、ということが先生はとても嬉しかった。そのためだけにはるばる千葉までやってきた、といっても過言ではないくらい嬉しかった。ところで、ひょっとしたら赤矢印が気になる読者がいるかと思うが、この写真のように胸部表面にやや凹凸がみられるのがオオヒラタシデムシであるという証拠である。ヒラタシデムシはもっと平坦でツルッとしている。道民あるいは来道される方には、この鑑別点をしっかりと頭に入れておくことをおすすめする。
風太04
はっ、いかんいかん。うっかり大好きなシデムシについて本一冊分ぐらい語るところじゃった。先生はいったい何をしにきたんじゃ。そうじゃ、動物を見にきたんじゃった。オオヒラタシデムシでまた時間とSDカードメモリを消費してしまったが、決意を新たにさっそく動物を見にいくぞ。パンダの親子連れとペンギンの親子連れである。円山動物園にもあったな。つーか全国にあるな。全国制覇したいな、これで。
風太05
ぜんぜん風太関係ないじゃん、とかゆーてる君、ここからが本番だよ。ほれ、鳥の群れ。普通最初はフラミンゴとかが出迎えるところが多いんだけどな。千葉はなんか緑っぽい鳥の出迎えじゃ。
風太06
じゃーん、ウサギ。つーかウサギでいいのか、これ。耳ひとつ取れちゃってるけど。まあウサギだろうなあ。しかし恒例とはいえ、こんな方向性でいいんだろうか。
風太07
じゃーん、ゾウなり。アフリカゾウかアジアゾウか微妙なところだけど、額が割れていないからきっとアフリカゾウなりね。まじつらい。
風太08
じゃーん、馬の親子ナリよ。ひひーん。つーか、せんせー最近行ったっつーのウソじゃん、だいぶ前じゃん、去年じゃん、っていう件に関してはもういいから。だからタイトルに「を今さら書く」って付け加えてあるじゃん。ね、許して。だってこの日はさあ、去年の夏だろ、風太君のことなんて先生はこれぽっちも書こうという気にはならなかったんだな。だって先生の頭の中はマイ・シャローナでいっぱいだったからね(参考)。
風太09
先生快調じゃん、というふうに見えるだろ。だけど、この動物園の恐ろしさを知ったのはこの後からだったんだな。動物以外のネタになりそうなものを探しながら歩く先生なんだけど、それがなかなか見つからない。余計なものがないんだよ、この動物園は。
風太10
そして広いんだ。歩けど歩けどもね。暑いしさ。それでだんだん体力を消耗していくんだ。恐ろしい動物園だったね。とにかく広大で、それでいてシンプルなんだ。動物園というよりは巨大な公園と呼んだほうがよさそうだったね。と、そこで思い出す。ここは動物園ではなく、動物公園だったということを。
風太12
だから、もうそろそろ本題の風太君の話にはいっていいだろ?いいだろって、最初から風太君の話をしろやって怒ってるだろ?
風太11
なんかあれだよな、
風太君とチィチィの相合傘も、
風太君の写真も、
いい感じに色褪せちまってる。
それがまた時の流れを演出してるんよ。
風太13
おお、本物のレッサーパンダを発見!
(いいのか、こんなに早く本物を出しちまって)
寝ている、寝ているぞ。
たしかに立っていない。
これが風太君だろうか?
風太14
ちょっと顔を見てみよう。あ、かわええ……。
しかし、さっきの写真とは顔が違うから、これは風太君ではないな。
なーんて写真で分かるほど先生はレッサーに詳しくないぞ。
後から考えた結果なんだけど、当時チィチィはコウタとエイタを子育て中。
ユウタ、風花、風鈴はすでに他の動物園に移動していた。
したがってこれは、風美、チイタ、クウタのうちのどれかだろう。
うーむ、一家の大黒柱である風太君はいったいどこに?
風太15
おや?
(さすがにめんどくさくなってきて一言で済ます)
風太16
おやおや?
あなたはひょっとして?
(かなり安易なオチだなと自覚しつつ)
風太17
風太君! (と、書くまでもないよな)
風太18
先生はついに風太君と対面した。
そこらへんの小学生はみんな風太君風太君と言いながらその頭をなでまくっていた。
付き添いのじいさんも風太君の頭を思わずなでてしまっていた。
いったいこれまでに何人の国民が風太君の頭をなでたことだろう。
風太君の頭はピカピカだった。(完)
風太19
さて、ここまでいったい何人がついてきているのか、先生は全く分からねえんだけども、もしついてきてるんだとしたら、かなり偉いので、先生が会った本当の風太君の写真を貼っておこう。たしかに二足起立はしなかったけど、元気に走りまわっておられたよ。(ほんとうに完)

というわけで、このエントリーは終わる。終わるけれども、少しエピローグ的なものを付け加えておこう。つーか、いよいよここから本題に入るのかもしれない。

たしかに風太君の二足起立はマスコミを賑わせた。けれども、その後すぐに、他のレッサーパンダも二足起立できることが次々と報道されることになる。例えば、風太君の祖父、安佐動物公園のロンロンも二足起立する。つまり、風太君の二足起立は祖父譲りってわけだ。

風太君のニュースの後、全国のレッサーパンダが俺も二足起立できると名乗りを上げる。例えば、先生の記憶する限りでも、長野、長崎、福岡、横浜、釧路(ただし釧路の場合は3秒間だけ)というぐあいに日本各地からそのニュースは届けられた。

今では風太君はあまり立たなくなった。むしろ現在は妻のチィチィの方が立ち時間が長いという。息子のチイタ、クウタも立つらしい。今は山口県の徳山動物園にいる娘の風花の娘(すなわち風太君の孫)も立つ。

現在秋田市大森山動物園にいる風太の息子ユウタは、立つどころかジャンプまでできるらしい(Jumping Red Panda - YouTube)。

さてこうなると、二足起立はそもそもレッサーパンダに普遍的な性質だったのではないかという話になる。おそらくあの時だって、レッサーパンダに詳しい人はそのことを知っていたのだろう。それにもかかわらず風太君はスターになった。なぜだろう。もういちど当時の一番有名な写真を見てみよう。

あんときの風太

二足起立といってもいろいろある。風太君の二足起立は、その独特の姿勢の良さが際立っていたのである。しかも立ち時間は30秒以上と長く、その立ち振る舞いにはやはり他のレッサーパンダを圧倒する雰囲気が備わっていた。先生は、風太君の胸の白い縦線がどうしてもチャック(ジッパー)に見えて、これは人が入った着ぐるみに違いないと思ったほどだった。

先生の学生時代の友達に、熱狂的なホロヴィッツ・ファンがいたのだけれど、彼は晩年のよれよれのホロヴィッツがただピアノの音を一音鳴らすだけでも何万円も出して聴きに行く価値があると言っていた。当時は変わった奴だと思ったが、かつて立ち姿で一世を風靡したけど今は立たない風太君を一目見に行った先生は、その気持が理解できるようになった気がした。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

2011/08/30

コトラ11:犬に順位などあるか

アリの群れの行動をついつい人間社会に例えて考えてしまうのは人間のもっとも悪い性癖だ。働かないアリの存在意義は異変に対する余力である、だなんて、人間は意義を無理やり考え出す天才だなあと思う。人間は考えすぎる葦なのである。

人間は魚の群にリーダーなど存在しないことをようやく理解したようだが、サルやオオカミでは群れ社会を統率するリーダーとやらが存在すると考えているようだ。群れには個々の力関係や役割分担のようなものがあり、単純な上下関係やヒエラルヒーを形成している、というわけでもなさそうだなあ。と、つい油断して、人間の視点で書いてしまったが、そうだった、私はそもそも「リーダー」という概念を理解できない犬、ということになっているのをうっかり忘れてしまった。だって、そういう前提で書くとなると、くどい文章になってしまって自分でも飽きてきたんだもん。でも乗ってしまった船だ。仕方がない。

オオカミの、人間がいうところの「社会」における、人間がいうところの「リーダー」とやらである、人間がいうところの「アルファ・オオカミ」とやらは(ほら、くどいでしょ)、ただ強いだけではなく弱いものにも気遣い、その群れの行動を決定しているなどと人間はいう。人間はどうしたって、人間の常識内でしか物事を考えられないから、それでリーダーだの社会だのいうのだろう。人間の想像力や発想力はしょせん人間のものでしかないのだから、動物の行動に関していろいろと研究や学問があるのだろうけれども、結局それは人間の頭の中の範囲内で作りだしたものに過ぎないのだ。科学者にいわせれば、「この社会構成主義者め!」と怒りたくなるだろうけれども、私は犬なのだから、私は人間がいうところの犬なのだから、社会構成主義(社会構築主義)の立場をとったところで何の悪いことがあろう。

さて、私はといえば、私は飯をくれるからといって飯やり女を主人だとは思えない。メシの時間が来ると私は部屋中に響き渡る大きな声で吠えまくる。この家の家族は、私が「早くメシをよこせ!」とリーダーのごとく怒鳴っている、と思っているらしい。何の根拠があってのことだろう。逆に「早くゴハンをいただけませんか?」と言っているかもしれないではないか。いや、実はどちらでもない。私にとってはどちらでもいいことなのだ。正直にいうと私には両者の違いが分からない。私はただ「メシメシ」と叫んでいるだけだ。

私は飯やり女を主人だとは思っていないが、飯やり女と、彼女の代わりにときどき飯をくれるその母親には少々甘えることがある。これも別に彼女たちが上位だとか、彼女たちに対して愛情を持っているとかの理由によるものではない。甘え続けることで最終的に何か食べ物をくれる可能性があるからである。その他の人間に対しては、甘えたからといって食べ物をくれる保障はないので、甘えるどころか呼ばれても近づかない。ただ見知らぬ人間であっても食べ物を手にしていたならば、果たしてそれをくれる人間なのかどうか熟考に入り、様子をうかがう。

モネは私より一年後にこの家にやってきたのだが、そのとき私にとって、モネは黒くて小さな何か得体のしれない動く物質にすぎなかった。モネは私ほど食物に執着がなく落ち着きもなかったから、集中して餌を食べるということがなかったので、モネの餌皿にはいつも餌が半分くらい残っていた。私にはモネの餌を横取りするチャンスが何度もあった。しかし私は、得体のしれない黒い物質が食べているものを、私にも食べられるものだとは思えなかった。だから私は当初はモネの食べ残しに近づけなかったのである。日常の大半を食べ物について考えることに費やしている私が近づけなかったのである。もちろん今では、モネがとろいメス犬だということが分かったので、すきあらば餌を横取りする体制を整えている。しかしモネもそのへんはずいぶん学習したようで、最近は私に奪われまいと急いで食べるようになった。モネは私の真似ばかりして成長した。

現在のモネと私の関係は以下の写真のごとくである。力では私のほうが圧倒的に上なのに、モネは私を上から抑えつけようとする。そのうえ、チ◯ポもついていない腰を私に押し付けるのである。このような様子をみて、家族たちはコトラとモネではどっちが上位なのだろうと悩んでいる。私には順位などには関心がない。くどいようだが、そもそも順位という概念がないのだ。

私の上になるモネ
私の上になろうとするモネと関心のない私。ここでひとつだけ注意を喚起しておこう。順位などというのは人間の概念にすぎないというのが前章から続く本章の主張であったが、「人間の概念にすぎない」ということ自体も人間の概念にすぎない、ということが否定できない。だって本章は人間によって人間の言語に意訳されたものなのだから。
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

2011/08/24

コトラ10:アルファ症候群はあるのか

私は気に喰わないことがあると吠えるし噛み付く。そういう犬について、人間はよく「自分が家庭のリーダーであると勘違いした犬」と思いがちだ。そして勝手にアルファ症候群だの権勢症候群だのと名前をつけて、いいかげんな素人診断をする。アルファ症候群は症候群といっても病気じゃないというが、そりゃそうである。人間の立場として困るというだけで病気扱いされるのでは、こっちもたまったもんじゃない。また、アルファ症候群自体の存在の有無について、すなわち、犬は人間も群れに入れているのか、人間のリーダーに成りうるのかという点については、議論のあるところらしい。

どうして人間の間でアルファ症候群の対処法が混乱し、そして勝手に病気みたいな名前をつけておきながら、その存在自体が議論になってしまうのか。それはおそらく犬の行動を対象とする研究者が少なく、学問として確立していないからではないだろうか。動物行動学の研究者は野生動物を対象とすることが多い。したがって、犬の行動学に関してはオオカミについての研究業績がずいぶんと応用されている。だが、オオカミはあくまでも野生動物であり、ペットである犬とは生育環境が全く異なる。アメリカでドッグ・トレーニングのバイブルといわれている本の執筆者は学者ではなく、あくまでもトレーナーであり、その本の学術的なバックグラウンドもけっして充分とはいえない。

それにしても、祖先が群れで生活する動物だという理由だけで、犬は必ず自分に順位を付けるものと考えがちな人間たちにも困ったものだ。そんなのは人間が勝手に作りだした理屈に過ぎない。

だいたい私はリーダーというものがよく分からないのだから、自分がリーダーなんかになりようがないのである。もっと根本的にいえば、私には順位という概念がない。お前は私より上だとか下だとかいう話は、お前は私より横だ、とか、お前は私より縦だ、とか、お前は私よりΦだ、とかと同じくらい分からないのである。

だが、私が来る以前にこの家で飼われ、ランマルという名で呼ばれた犬は、話を聞いた限りでは、どうやら自分がリーダーというものだと思い込んでいたふしがある。散歩の時間になると必ずドアを開けろと大騒ぎで命令し続け、散歩の最中はけっして餌やり女に自分の前を歩かせなかった。散歩のコースは自分で決め、一周してきて家の前に達すると、まだ帰らないぞと全速力で走りだし、家の前をわざと通り過ぎたという。

ランマルは起床とともに家族全員を点呼してまわり、家族全員を統率していた。噛み付くときは本気で噛み付いた。噛み付いたまま首を左右に振った。それは甘噛みとか、はずみで噛んでしまったとかではなく、明らかに相手を痛がらせようと意図した噛み方だった。

驚くべきことには、年に数回しか帰省してこない餌やり女の兄に対してさえ、どこに行っていたんだと怒ったあと、再会を喜んで大いに歓迎したという。私なら数回吠えてやったあとに布団の中に隠れるところだ。ランマルはクリーム色のスムースコートでやや鼻が長く、とてもハンサムで人気があったそうだが、17歳のときに餌やり女の母の胸に抱かれながら眠るように亡くなったという。

前任のランマル
私の前任のランマルは17歳で静かに息をひきとったという(模型)
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

2010/12/14

世界遺産の顔出し看板を訪ねて

先生は「マルヤマンのことはdisりません(2010/1/11)」というエントリーの最後で、ある動物園の素晴らしい顔出し看板を見つけ、必ずそこを訪れることを予告しました。先生は先生の世界的なネットワークを駆使してついにこの顔出し看板がどこの動物園にあるのかを突き止め、そして今年の夏、密かにそこを訪れました。その結果、驚くべき事実が判明したのです。先生が「素晴らしい」と評価したのも当たり前でした。なんとその顔出し看板は「世界遺産」だったのです。

ではさっそく、動物園写真家としても有名な先生の、動物たちの生き生きとした姿をとらえた素晴らしい動物園写真の数々も披露しながら、そのときの様子をご報告いたしましょう。なお、先生の動物園写真は芸術性が高すぎて理解しがたいという声も一部にあるので、初心者の方々は先生の動物園写真家としての名声を確立したといわれる作品、円山動物園(SuemeSublog 2009/2/7)で予習しておくとよいでしょう。また、先生は、内地には普通にいるのに北海道には生息していないという理由で「アオスジアゲハ」が異常に好き、ということも覚えておいてください。

§

先生がその顔出し看板を訪れたのはアブラゼミがやかましく鳴き続ける夏の盛りであった。あいにくなことに空は厚い雨雲で覆われ、ときどき激しい雨に打たれるはめになった。でも、北海道に戻ってその気候にすっかり慣れてしまった先生にとっては、かんかん照りになるよりはましだったのかもしれない。

姫路01門

歴史を感じさせる物々しい門が先生を出迎えた。お目当ての顔出し看板はこの門の向こうにある。さすが世界遺産だけのことはある、と先生は思った。

姫路02道

門をくぐり抜けたが、広くて長い道がまだ続いていた。右側に見えてきたのが世界遺産のある動物園だろうか。左に見えるお城のようなものはいったいなんだろう。

姫路03看板

入り口には豪華な顔出し看板があった。さすが世界遺産の顔出し看板を保有する動物園である。しかし先生のお目当てはこの顔出し看板ではないのだ。

ここからは世界遺産の顔出し看板に到達する途中で出会った動物たちの生き生きとした姿も紹介していこう。

姫路04ペンギン像

ペンギンの親子だ。先生のホームである円山動物園にも全く同じ種類のペンギンがいたような気がする。

姫路05シマウマ像

縞模様が鮮明なシマウマがいた。性格はおとなしく、至近距離で撮影させてもらえた。

姫路06エゾヒグマ看板

わざわざ北海道からやってきてエゾヒグマを見るのもなんだが、先生の動物園写真家としての血が騒ぐ。エゾヒグマかよ、と鼻でひとつ笑いながらも一応撮影しておいた。

姫路07エゾヒグマ

あれ、おかしいな。檻にピントが合っちまう。いや違うぞ。わざと檻にピントを合わせたのだ。これが芸術なのだ。

お、トラだ。なんだ、トラも寝てんじゃねえか。つまらんなあ。でも先生の動物園写真家としての血が騒ぐ。寝てんじゃねーよ、と鼻でひとつ笑いながらも一応撮影しておいた。

姫路08トラ

あれ、おかしいな。檻にピントが合っちまう。いや違うぞ。わざと檻にピントを合わせたのだ。つーか、「檻の向こうの動物にピントが合うモード」ってあればいいのに。

いや、すまんね。別にふざけているわけじゃないんだよ。次はキリンだ。キリンはばっちり撮れたので、ぜひ堪能してほしい。

姫路09キリン

もう誰がどう見たってキリンだ。

姫路10アオスジアゲハ

これはキリンの飼育場の地面で給水するアオスジアゲハだ。ついでにキリンの養分も吸っている。

姫路11ニホンジカ

生き生きとしたニホンジカ。なんかのってきたぞ。

姫路12ラクダに注意

どうやらラクダは気難しい性格らしい。気をつけて撮らねば。

姫路13ラクダ

ラクダ。誰がどう見ても。

姫路14アオスジアゲハ

ラクダの飼育場の地面で給水するアオスジアゲハ。もちろんラクダの養分も吸っている。

姫路15ケセランパサラン

これは珍しい。ケセランパサランだ。恐る恐る蓋を開けてみた。

姫路16ケセランパサラン

子どものころから見たいと思っていた本物のケセランパサランに、こんなところで出会えるとは思ってもいなかった。おしろいは入れなくていいのかな。おしろいを食べるんだよね、たしか。

姫路17春日

モモイロペリカンだ。ピンクというだけで「春日」と命名されちまっている。同情せざるをえない。

姫路18春日

ここまでやるのか。ユリカモメがしらけたまなざしでこっちを見ていた。

そして我々はついに、お目当ての世界遺産の顔出し看板にたどり着くことになる。ん? 我々?

世界遺産の顔出し看板、それは「ゾウ」と「ゾウのウンコ」の顔出し看板であった。

姫路19姫子看板

夢にまで見た世界遺産の顔出し看板が今我々の目の前にある。噂に違わず素晴らしい顔出し看板だ。先生は、これはほんとうに現実なのだろうか、とさえ思った。

いや、冷静になろう。現在円山動物園にゾウはいない。だから本物を見るチャンスなんてめったに無いのだ。まず本物を見ておこう。本物の姿をしっかりとこの目に焼付けておこうではないか。

姫路20姫子うんこ

ゾウの姫子の「本物」のウンコである。

姫路21姫子アオスジアゲハ

姫子のウンコのすぐそばで給水するアオスジアゲハ。姫子のウンコの養分も吸っている。間違いなく。

世界遺産の顔出し看板に戻ろう。せっかくここまで来たからには、我々はぜひとも顔出し写真を撮らなくてはならない。

姫路22姫子看板

世界遺産の名に違わず、やはりこの顔出し看板は普通じゃない。屋根がついているのだ。屋根がついてまるで小屋のような構造になっている。

姫路23姫子看板江頭

さっそく連れが先に入った。

大の大人が二人入るには少し狭かったが、続けて先生も一緒に入り、通りがかりの人にシャッターを押してもらった。

姫路24姫子看板江頭教授

我々はこのためだけに、遠く海を隔てた北海道からやってきたのだ。ミッションを完了し、言いようのない達成感を得ることができた。

そのあとすぐ、まるで我々のミッション完了を待ち構えていたかのように、雨雲はさらにその厚さを増し、大雨が降りだした。先生はずぶ濡れになりながら駅までの長い道のりを歩いて帰った。完。

おまけ

姫路25ペリカン

モモイロペリカンの春日です。檻の向こうの被写体にピントを合わせる方法はマジレスしてくれなくていいです。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

2009/12/13

満1歳を迎えたシロクマツインズ

円山動物園のホッキョクグマの双子が12月9日で満1歳を迎えました。お誕生日当日に行くことはできませんでしたが、満1歳と4日目の今日、お会いすることができました。一般公開から本日まで、先生たちもときどき訪れてはその成長を確認してきましたよ。

参考までにこれまでの記録です→雪が好き(3月20日)ホッキョクグマ(3月20日)今日のシロクマ(5月19日)ホッキョクグマ双子のその後(7月9日)9/24シロクマツインズ(9月24日)

そして今日は母親のララと同じくらいに大きくなった双子にびっくりしましたよ。

↓母親ララにプールに誘われっぱなしの息子。気が弱い方だからこっちがキロルなのかな?

ホッキョクグマ1

↓そしてもう一頭はひたすら自分の世界、ひとり遊びに夢中です。こっちが独立心旺盛なイコロだろうか。

ホッキョクグマ2

↓さあ、もう先生は簡単に見分けがつきますよぉ。これがさっきまで母親と遊んでいた方のキロルです。

ホッキョクグマ3

↓そして不良っぽい歩き方のこっちがイコロ。間違いないね。鼻の模様も違うし。

ホッキョクグマ4

自信ありそうなふりしたけど、いやほんとはね、正直いって先生はどっちがどっちなのか混乱してしまってさっぱり分からないんだ。だいたい双子の名前自体、まだ正確に覚えられないんだよ。先生はくやしいので、皆さんも道連れにすべく、混乱させるクイズ出しますね。

さあ、問題です。昨年の暮れに札幌市の円山動物園で生まれて今年無事に満1歳を迎えたホッキョクグマの双子の名前は何というでしょう。以下の選択肢の中から正解を番号でお答えください。

  1. イコロ と キロル
  2. イコル と キロロ
  3. イロル と キコロ
  4. イロロ と キコル

どうですか。分かりましたか。ちょっと難しすぎたかもしれませんね。じゃあ、選択肢をもう少しやさしくしてみますね。

  1. イコロ と キロル
  2. ココ  と セイタ
  3. ユッコ と ヤマト
  4. げんき と ゆうき
  5. タイガ と ココア
  6. モリゾー と キッコロ
  7. エビゾー と マオ
  8. のいる と こいる
  9. さくら と 一郎

さあ、正解が分かった方は円山動物園入場の際に番号で答えてください。きっと係の方が不思議な顔をしてくれることでしょう。

参考リンク:

■ホッキョクグマ特集 -札幌市円山動物園

■双子の白クマ赤ちゃん通信 ツインズ専属カメラマン広報の樋泉さんのブログ

■シロクマツインズin円山動物園 うにさんのツインズ専用ブログ

■ツヨシにあいたい 円山ホッキョクグマの写真で有名な方

ところでもう一問出します。

ロシアの世界的に高名な教授だと名乗り、くだらないブログを書いている、今日で48歳を迎える人といったら誰でしょう。

アンケート結果

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

2009/01/05

特訓するミミ。を計画

本記事は、だいぶ前になりますが、ちょうど3年前の拙記事「STUFF ON MY MIMI !」の続編ということになります。また、SueMe SubLogをご覧の方には、特訓するミミ。と内容が重複することをお断りしておきます。

3年前は、ネコの上に何か物を載せて写真を撮ろうという世界的なムーブメント、Stuff On My Catに感動し、これを先生の愛猫であるミミにやってもらおうという企画でした。今回は、缶ビールの空箱に頭から突っ込む特訓を繰り返す、巷で人気の「まるちゃん」というネコにインスパイアされました。

■特訓するねこ。
まるちゃん

なんと愛らしいネコでしょう。遠くから助走をつけて、狙いを定めた缶ビールの空箱の中へ一目散です。そうして空箱の中に頭を突っ込んだまま、まるちゃんは満ち溢れた達成感とともに恍惚状態に陥ります。

これはなんとしても、我らがミミ嬢にもぜひやってもらいたいものです。先生は正月休みを利用し、題して「特訓するミミ。」への出演交渉に臨みました。その模様を動画におさめましたので、どうぞご覧ください。

■ミミ出演交渉

どうもすいません。ご存知のとおり、恥ずかしがりやな性格なものですから、交渉は難航しました。突然自宅を訪問したのが悪かったのかもしれません。考えたら、いきなり自宅に押しかけるなんて失礼なことですよね。怒られるのも無理はありません。

そこでこの後、実は先生は外出先のダイニングの椅子の上でリラックスしているミミ嬢を見つけ、出演交渉を続けていたのです。

ミミ1
あ、先ほどは失礼しました。で、話は簡単なんですよ。ほら、この缶ビールの空箱に飛び込んでいただくだけなんです。ねえ、そんな興味ない顔をなさらずに。
ミミ2
ああ、やっとこっちを見てくれましたね! そうです、その調子でこちらへどうぞ飛び込んでみてください。
ミミ3
……。
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

2008/08/02

スナメリのゲンキ死ぬ

■スナメリのゲンキ死ぬ のとじま水族館

お父さんが「スナ」、お母さんが「メリー」という安易なネーミングが評判だったスナメリ夫婦が相次いで死んでしまったのは記憶に新しいところでしたが、ついこないだ生まれたばかりのゲンキまでもが死亡、スナメリ全滅というニュースを今日の朝刊で知り、愕然としているところです。

七尾市ののとじま臨海公園水族館で生まれ飼育されていた一歳二カ月の雄のスナメリ「ゲンキ」が一日、死んだ。解剖の結果、何らかの感染症が死因の可能性が大きく、二日以降、金沢医科大で詳しく調べる。これで同水族館のスナメリはいなくなった。同水族館では四月に展示水槽「スナメリと海藻の海」を約千五百万円投じて新設後、スナメリの親子三頭が相次いで死に、関係者は肩を落としている。ゲンキは昨年五月二十九日に生まれた。体長一四二センチ、体重三五キロで、人間に例えると三歳前後だった。先月二十八日ごろから急に食欲を失い、餌を半分以下しか食べなくなった。一日午前九時ごろ、職員がふらつく姿に気付き、栄養剤などを投与したが、同十一時四十五分に死んだ。同水族館では五月に父親の「スナー」、六月に母親の「メリー」がいずれも肝膿瘍(のうよう)で死んだ。ゲンキの肝臓に膿瘍は確認されていないという。

私が最後に同水族館に行ったのはゲンキが生まれる前だったので、見たことはありませんでした。いつも出している下の写真は「スナ」なのか「メリー」なのか分かりませんが、「スナ」は観客に向かって笑ったようなポーズをよくとってたそうなので、きっと「スナ」なんだろうと思ってます。

スナメリ

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

| 1/3PAGES | >>

教授御尊顔
教授御尊顔
だまれ!
follow us in feedly
Links
サイト内検索
Googleサイト内検索
懐コンテンツ
喉頭鏡素振りのススメ
スミルノフスイッチ
カテゴリ一覧
過去ログ
Recommend
史上最強カラー図解 はじめての生理学
史上最強カラー図解 はじめての生理学 (JUGEMレビュー »)

ダルビッシュも読んでいる、先生の恩師の著書です。買ってやってくれや。
いちばんやさしい生理学の本
いちばんやさしい生理学の本 (JUGEMレビュー »)
當瀬 規嗣
先生の恩師です。買ってやってくれや。
Others
mobile
  • qrcode
powered
  • 無料ブログ作成サービス JUGEM
PR