2017/03/14

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2015/12/31

王様の女

かみさんが大掃除をしていたら、こんな包装袋が出てきたという。

王様の女

思い出のモノとか、わりと平気で捨ててしまう私だが、じっと見つめてどうしようか考えていたら、なんとなく「ときめく!」と感じたので、とっておくことにした。

これは10年ぐらい前、私が赴任していたとある地方でチェーン展開していた店の包装袋である。車を運転していると、ときどきこの店の大きな看板を見かけることがあり、当初は、いったい何を売っている店なのだろうと疑問に思っていた。

王様の女

そうそう、この看板である。

その店は、「王様の女」という名前だった。

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2013/08/12

続々々・教授の真夏

「ど、どちらさまですか?」と書いたところで、わたしはほとほといやになっていた。いったい誰が読み続けてくれてるだろう。こんなもの、わたしだって読み返さないかもしれない。だが、そもそも読者など気にせずに自由に書きたいという望みから始めたことではなかったのか。それならば、誰が読もうが読まぬが、関係のないことではないのか。

どちらにせよ、乗ってしまった船から降りることはもはや不可能だった。読者からは自由になったのかもしれぬが、こんどは自分の文章そのものに束縛されてしまい、わたしは意に反していやいや書き続けるはめに陥っているのであった。

二人の男は刑事だった。坊主頭のオヤジが捜査一課の、ノッポの若造が所轄署の刑事だと名乗った。

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2013/08/12

続々・教授の真夏

あたりが暗くなり静けさが闇を包むころ、スポットライトを浴びて壇上にひとりのギタリストが浮かび上がった。ジェームス・タイラーから繰り出される適度にディトーションの効いたのびやかな音が、「さくら」のメロディを奏でた。

「鳥山さん……」

稔は大きな口を開けたままスクリーンを見つめていた。

二十年以上前になるが、稔は鳥山の指導を受けたことがあった。まだ学生でプロの音楽家を目指していたときのことである。当時、すでに新進気鋭の若手ギタリストとして注目を集めていた鳥山の前で、稔は自分のバンドを率いて渾身の力を出し切った。演奏し終わるとすぐに鳥山を見つめて評価を待った。だが、いつまで待っても鳥山は無表情のまま黙っていた。沈黙の時間に耐えられなくなった稔は、ついに自分から口を開いた。

「あの、どこが悪かったでしょうか……」

すると鳥山はおもむろに、「格好だね」と言った。

「はあ?」

「格好だよ。まず、そのボロボロのジーンズがいけない。どんなに良い演奏をしたって、見た目が悪けりゃ聞いてくれないよ。たとえばさ、ほら、見て、僕の」

呆然とする稔たちに向かって、鳥山は自分の赤シャツの襟や黒い革ズボンの裾を引っ張りながら続けた。

「このシャツとかさ、このパンツ、これってユキヒロさんのブティックで買ったのね。知ってる? ブリックス」

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2013/08/04

続・教授の真夏

稔(みのる)は、7月24日分のブログ更新について悩んでいた。といっても稔自身のブログではない。世界的に高名だとかいう大学教授のブログを、稔はアルバイトで代筆しているのだった。ただし、教授と名乗るその人物とは一度も会ったことがないし、その人物の本名も知らない。そもそも、その人物が本当に世界的に高名なのか、はたまた本当に大学教授なのかさえ疑わしかった。だが、そんなことは稔にはどうでもよかった。月に数回送られてくるいい加減な原稿を、適当に肉付けしてアップロードする、それだけで相当の金額が銀行口座に振り込まれるので、なにも不満はなかった。

教授の原稿にはいつも、自分のブログが他人の代筆であることを隠したいという意図が見え隠れしていた。7月24日分の原稿にも、ブログはあらかじめ書き溜めてあり、自動的にアップロードされるようプログラミングしてある、というようなことが書いてあった。自分がコンピュータに精通しているように見せかけたいのかもしれない。稔にはそれが教授のちっぽけな見栄のように思えて可笑しかった。大物感を漂わせたかったら、コンピュータ通であることを匂わせるよりも、人を雇って書かせていることを知らせてしまったほうが、よっぽど効果的なのにな、と思った。

悩んでいたのは、教授から送られてきた7月24日分の原稿がとても中途半端な内容で、肝心のことが書いていないうえに、突然尻切れトンボで終わっていたからである。これまでの連載内容から考えて、神戸で観た映画の感想が中心となるはずであったが、その原稿はなぜか神戸空港から三宮に向かったところで途切れていた。念のため何日か待ったのだが、それ以降教授からの連絡はすっかり途絶え、音信不通となってしまった。

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2013/07/24

教授、真夏の方程式で号泣す その5神戸編

真夏の方程式

鞄ひとつだけを持って神戸空港に到着した教授は、タクシーに乗った。関西には空港が多すぎるという意見もあるが、結果的に利便性の高い空港が増えるのは、利用者からすれば喜ばしいことだ、と教授は思った。三宮までは時間にしておよそ15分、おそらく3000円以内で着くはずだ。

教授はタクシーの後部座席から何度か後ろを振り向いた。追っ手はいないようだった。吉田が手荷物を探しているあいだに、こっちは手荷物をあきらめて急いで出てきたのだ。きっとうまくまいたはずだ。

教授はノートパソコンを立ちあげて、これまでの顛末を記録したファイルに吉田と遭遇したことを付け加えた。そしてサーバーにアップロードし、数週間経てば自動的にブログが更新されるようセットアップした。自分に何かが起こったときのためだ。

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2013/07/15

教授、真夏の方程式で号泣す その4再び機内編

真夏の方程式

教授は羽田空港発千歳空港行きの飛行機の中にいた。けっきょく、大宮で映画「真夏の方程式」を観ることはなかった。滞在中に原作を読み終えることができなかったからである。

飛行機が離陸したあと、教授は鞄から真夏の方程式の文庫本を取り出した。表紙を見ると、「悲しい話なんでね……」という山郎の声が蘇ってきた。本を開く前に教授は、山郎と他に何を話したのだったか思い出そうとしていた。

「最近、ブログのアクセスが減っているんですよ」と山郎は寂しそうに言った。教授は山郎のブログを高く評価していた。というか、ブログといえばほとんど山郎のブログしか見ていなかった。自分の生まれる前から現在までのあれだけ膨大な数の音楽を聴き、その批評を書ける人物を、教授は他に知らなかった。もちろん、内容が伴えばアクセスが増えるというわけではないことを、教授はよく理解していた。逆にその内容が高度になればなるほど、読者は選ばれてその数が減少していくほうが自然なのである。

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2013/07/12

教授、真夏の方程式で号泣す その3大宮編

真夏の方程式

エージェントとの約束までにはまだ時間があった。時間があるといっても映画を一本観ることができるほどではないし、そもそも原作の読了がまだであった。教授は駅の西口からすぐ見えるアルシェに向かった。このビルの5Fに、今回の特殊任務と関係の深い組織であるHMVの事務所があるからである。この事務所は先月移転したばかりで、その前はロフトにあったと聞いている。ロフトの事務所を閉鎖する際には、我らがリーダーも駆けつけて「移転するってYO!」と叫ぶなどして現場の士気を高めたと伝えられている。

アルシェに入ると、うわさどおりそこには我らがリーダーを中心とした幹部五人組の大きな写真が飾られ、本人たちのものと思われるサインと、おそらく下々の者に向けたと思われるメッセージが記されていた。
「私たちは埼玉推しです!」
それは公然の秘密ともいえるメッセージであり、誰もがうすうす気づいていたこととはいえ、これほど堂々と掲げられているのを見ると、埼玉県民以外の目に触れる可能性を全く考えていないのは油断といえるのではないだろうか、と教授は少し首をかしげた。視線を少し横にずらすと、今日が特別な日であることを伝える真っ赤なポスターが壁一面に貼られていた。

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2013/07/12

教授、真夏の方程式で号泣す その2機内編

真夏の方程式

教授は恐る恐る千歳空港の待合ロビー内に入った。そういえば昨年の松江行き、一昨年の松山行きの飛行機でも、かつて所属していた組織で見たことのある顔が同乗しており、危機感を募らせた。これ以上日本に潜伏するのも限界かもしれないとまで思ったほどである。地方都市行きの飛行機は便数が限られており、敵と同乗するはめになる確率が高くなる。できれば地方都市での特殊任務は避けたい、と教授は思った。

それに比べて羽田便は複数の航空会社が就航しており、便数も多くて安全だ。搭乗口付近まで慎重に歩を進めたが、ナターシャの姿はもう見かけなかった。どうやら別の便らしく、教授は再び遭遇する可能性は低いと考えて一安心した。

教授の手には「真夏の方程式」の文庫本があった。720円、これも必要経費で落ちるだろうか。報告書にただ「書籍」とだけ書けば、事務の目をごまかすことは容易だろう、というケチな考えが頭に浮かんだ。教授の活動資金はそろそろ底をつき始めていたのである。

椅子に腰掛けた教授は鞄の中からもう一冊の文庫本を取り出した。読みかけのレイモンド・チャンドラー「大いなる眠り」である。村上春樹の新訳が出て久しいが、教授が手にしているのは59年初版の双葉訳のほうであった。せっかくの読みかけだからまずこちらを片づけしまおうと思って、教授は「大いなる眠り」を先に読みだした。

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2013/07/12

教授、真夏の方程式で号泣す その1千歳編

真夏の方程式

「よりによってこのクソ暑いときに、もっとクソ暑いところへ行くはめになるとはな」と、スミルノフ教授はため息をついた。

おりしも梅雨は例年より早く明け、すでに関東地方では猛暑日が続いているというニュースが毎日のように報道されていた。思い出されるのは20年ほど前の今ごろ、今年のような連日の猛暑のさなか、前橋に行ったときのことである。教授はそのとき真夏でもめったに25℃以上にはならない釧路に住んでいたこともあり、35℃の屋外には5分と出ていることができなかった。街中は冷房の効いた店に一軒一軒入ることで涼みながら移動したものである。

教授の今回の特殊任務は、現在彼が協力している秘密組織「天使の眼差し」のエージェントと大宮で落ち合い、活動の進捗状況について情報交換することであった。奇しくもその日は、祝杯とともにリーダーへの忠誠を誓わなければならない、その組織にとって重要な意味を持つ特別な日であった。

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2013/01/12

ヨウコ先生のビンタをくらったハトリ君の記憶

小学生のとき、なんかの委員会に出席した。

僕と一学年下のシイナさんという女の子が向かい合わせに座ってみんなが集まるのを待っていた。窓際に座っているのは細い目をしたヨウコ先生である。ヨウコ先生は髪が短くてスポーツが得意で、いつも緑色のジャージを着ている。きびきびした男みたいな喋り方をする先生だった。

集合時間を少し過ぎたころ、遅刻魔のハトリ君が「やべーやべー忘れてた」とへらへらしながら部屋に入ってきた。 そしていったん椅子に座ったのだけれど、となりがシイナさんだと気づくと、「オェー」といいながら立ち上がり、あわてて僕のとなりの席に移った。

そのとき、ヨウコ先生の顔がみるみるうちに真っ赤になった。

「ハトリ君、今どうして席を移ったの?」

いつもは冷静なはずのヨウコ先生が、そのときはハトリ君をにらみつけて震えていた。ハトリ君は「いや、別に」とうつむきながら何かをモゴモゴといった。 これほど怒っているヨウコ先生を見たのは僕は初めてだった。

「シイナさんの指が足りないから席を移ったの?」

ヨウコ先生の声はもう泣き声が混じって裏がえっていた。
指? シイナさんの指だって?
僕はそれまでシイナさんの指のことなんか何にも知らなかった。
普段から少しようすがおかしい子だとは思ってたけれど、彼女の指をじっくり見たことなんてなかった。

シイナさんは机に肘をついて、手の甲側に反らせた長い指に顎をちょこんとのせ、どこか遠くを見つめてぼうっとしていた。ヨウコ先生の声も全く耳に入っていないようすだった。僕はそのとき初めて、シイナさんの指が三本しかないことに気づいた。その指はとても長くて美しい、しなやかなカーブを描いてはいたけれど、数は足りていなかった。

バシーンと音がした。

ヨウコ先生が急に立ち上がってハトリ君にビンタしたのだ。ヨウコ先生の腕はまるでサイドスローのピッチャーのように水平に空を切り、その手のひらがハトリ君の左頬に見事に命中した。

ハトリ君は床に転げ落ちて真っ赤に腫れた左の頬をさすっていたけれど、笑いながら「うひょー、いってー」とか言いながら、相変わらずへらへらとしていた。

でもシイナさんはまだ肘をついていて、とてもつまらなさそうな顔で、ぼうっとハトリ君を見ていただけだった。

ヨウコ先生は必死に涙をこらえていたけれど、それでも涙はどんどん増えてビー玉ぐらいの大きさにまで膨れ上がった。涙でできたその球体はまるで凸レンズのような効果を生み出し、目が細くていつもは見えないヨウコ先生の瞳を拡大した。そのとき僕は初めてヨウコ先生のキラキラと輝く瞳を確認した。美人だ、と僕は思った。でもそれは一瞬のことで、そのあとすぐに涙が二個のビー玉となって床に落ちると、ヨウコ先生はいつもの男っぽい顔に戻っていた。僕は転がってきたそのビー玉を拾ってポケットに入れた。

委員会が終わって僕が部屋を出ると、そのあとからハトリ君もすぐ出てきた。
「いやー、いたかったー。今までで一番痛かったかもしんないな」
ハトリ君はニヤニヤしながらそう言った。むしろ喜んでいるようにさえ見えた。
「あ、ねえ、これ見て見て。ビンタされたビンタされた」
ハトリ君は誰かを見つけては自分の真っ赤に腫れたほっぺたを自慢気に見せながら歩いてた。

それから何日か過ぎ、母の運転する車に乗せられて町に行ったときのことである。交差点を曲がったところで警官が笛を吹きながら飛び出してきて母の車を止めた。

母が手動で運転席の窓を開けると警官が覗きこんできて、「いま赤信号だったでしょ。信号無視ですね」と冷たく言い放った。身に覚えの無かった母は、「そんなことはありません。私はちゃんと青なのを確認してから曲がりました」と反論した。毅然とした母の態度にちょっと怯んだ警官は、「じゃあ、黄色だったでしょ」と言った。今となってはどうしてだか思い出せないのだが、そのとき母はずいぶん虫の居所が悪かったようで、「赤じゃなかったなら黄色だとは何ごとか。そんなあやふやなことを言うのは、そっちがちゃんと見ていなかった証拠じゃないか」というふうなことを言って声を荒げた。

それからしばらく繁華街のど真ん中で母と警官の大声による応酬が続いたものだから、気がつけば周りには人垣ができていた。僕は大人のいざこざには全く関心が持てなかったので、どんどん集まってくる野次馬を車の窓から面白がって観察していた。そのとき、男の子の手を引いたまま微動だにせずに無表情でこちらを見つめる太った女の人が目に留まった。そのあまりの無表情ぶりが僕の視線を吸い込んだのである。あれほど完璧な無表情を僕はそれまで見たことがなかった。

「あっ、スミ君!」と、男の子が叫ぶのが聞こえた。女の人の顔から視線をゆっくりと移動させると、その手に引かれていたのは、にこにこしながら僕を指さしているハトリ君だった。ハトリ君はいつもと変わらぬくったくのない笑顔でこちらに近づいてきた。

「あっ、ハトリ君!」と叫び返しながら、僕は急いでハンドルを回して車の窓を開けた。
「スミ君も町に買い物にきたの?」とハトリ君は嬉しそうに言った。
「うん」なにげなくポケットに手を入れるとビー玉が二つ入っていた。「これ、ハトリ君にあげるよ」といって僕はそのビー玉を手渡した。
「うわ、すっげーきれいなビー玉だな。町のどこで売ってたの?」とハトリ君は訊いた。
「いや、拾ったんだけどさ」
「ふーん」
そのときにはもう僕もハトリ君も、ヨウコ先生やシイナさんのことは頭の片隅にさえ残っていなかった。

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