2016/04/22

Formerly

プリンス

「Formerly」という言葉を聞くと僕はポール・マーリー教授(仮名)のことを思い出す。

何年も前の冬の話だ。有名なポール・マーリー教授は、日本なんちゃら学会に招かれて東京だかどっかだかで講演するため来日することになった。そのとき、夏もオーストラリアへ遠征するほどスキー好きだった教授は、かつての教え子が北海道にいることを思い出した。

「今度日本へ行くことになった。講演が終わったあとニセコというところへ行ってみたいので連れていってくれ」

僕はしかたなく愛車を運転して千歳空港まで教授を迎えに行った。教授は僕の車をちらっと横見すると「教授のお迎えっていったら普通は黒塗りのラグジュアリーセダンだろ」とでも言いたげな不服そうな態度はこれっぽっちも見せず、有名な教授にふさわしい実に堂々とした態度で、クレイジーな赤塗りのとても窮屈なフランス大衆車に乗り込んだ(「クレイジーな赤塗りのとても窮屈なフランス大衆車」とは、それから何年後かに聞いた僕の愛車に対する教授の印象である)。

その夜はあいにくの大雪で、吹雪いて視界も悪かった。北海道の冬に慣れていない僕の愛車は途中で何度も立往生した。僕も運転が得意ではなかったので、路肩がわからなくなって何度もノロノロした。

それでも助手席のポール・マーリー教授は、笑顔にひきつりなどこれっぽっちも見せず、有名な教授にふさわしい実に堂々とした態度で、思い出話に花を咲かせていた。

だがしかし、知ってる人は知ってると思うけど、北海道のドライバーは天候に左右されないスピード狂である。

うしろの大型トラックがいらいらして車間をつめてくる。対向車がいるのかどうかさえよく見えないのに、大型トラックはぜんぜん平気で、ものすごい轟音とともに100キロぐらいの猛スピードで僕を追い越していく。そしてトラックの巻き上げる雪でさらに視界が悪くなり、ほとんど何にも見えなくなった。

「アンビリーバボー……」

本場の本物のアンビリーバボーを間近で聞いた。

何も見えなくなった僕はまたまたノロノロ運転になる。そうすると後ろの車がイライラして車間をつめてきて、パッシングしだす。我慢が限界に達した後ろのドライバーは対向車の存在などおかまいなしに轟音をあげながら僕を追い越す……この繰り返し。

それでも助手席のポール・マーリー教授は、アンビリーバボーを必死にのみ込みながら、有名な教授にふさわしい実に堂々とした態度で、やがて見えてきた「虻田」という看板を「アビュータ」と声に出して読んだりしながら落ち着いているふりをしていた。

ニセコに着いてからも、教授は概ね機嫌が良かった。お前の車はひどいとか、お前の運転は下手だとか、北海道のドライバーはキチ◯イだとか、死ぬかとおもったぞとか、そんな文句は一言も発しずに、やはりニセコはすばらしい、さすが世界に名だたるパウダースノウだ、アンビリーバボー、といってスキーを思う存分楽しんでいた。

次の日ぐらいになると、教授もかなりリラックスしてきて、有名な教授とかつての教え子という窮屈な関係も少しくだけてきたので、僕は夕食のときに思い切って冗談っぽく言ってみた。

「実は、あのとき事故ったらどうしようって思ってました。教授も怖かったんじゃないですか?」

でも教授は有名な教授にふさわしい実に堂々とした態度で、気取った持ち方のスプーンでスープを口に運びながら「そんなことはない」と笑っていた。

僕が、有名な教授が事故で死んじゃったら新聞の見出しに出ちゃうな、とか想像して、

「Paul Marley, Famous Professor from US, died in Car Accident at Niseko...」

と口にしたときだった。教授は突然恐い顔になり、

Formerly !

と叫んだ。僕はびっくりした。何のことかわからないので、見開いた目で教授を見つめたまま黙って続きを待ってるしかなかった。

「Formerlyが抜けてるんだ。死んだんだからFormerly Professorだ!」と教授は付け加えた。

プリンスの訃報に際して、これで彼は本当に「Formerly Known as Prince」になったんだなあ、とか思ったついでに、思い出した話である。


2016/04/15

DOME TREKの感想

7週間も経っちゃったけどDOME TREKの感想を書いておく。

「今度札幌に来たときはもっと成長して今とはひと味違ったももクロちゃんを、いや、でもやっぱりいつもと変わらないももクロちゃんを、お見せできたらいいなと思います」

3年前の5Dツアーでの百田さんの最後のあいさつがとても印象に残っている。アホなのに咄嗟に印象に残る言葉を発する百田さんの才能は地方でも地道に発揮されていたのである。

その後実際には、昨年2回ほど月刊高橋があったのだけれど、あのとき百田さんが言った「ひと味違うけどいつもと変わらないももクロちゃん」は、まさにこのDOME TREKのことだったんだなって思いだして、自分で勝手に感動していた。本人はきっと言ったこと一文字も覚えていないだろうけど。

座席は内野スタンドのわりと前の方で通路側だった。途中で突然その通路に、つまり僕のすぐ横に、百田さん(と川上さん)が現れて、ものすごいスピードで駆け上がっていった。最上階の観客へのサービスのためだった。ぐるりと最上階を回ったあと、百田さんはまたステージに戻っていった。札幌ドームの急勾配階段を下から上まで駆け上がるのがどのくらいたいへんなのか、地元の民としてはわかっているつもりである。だがステージに戻った百田さんに、特別息を切らしたような様子は見受けられなかった。

さすが羽生世代を代表するアスリートとして、羽生結弦や大谷翔平とともにNumber創刊900号(<創刊900号特別編集>羽生世代、最強の証明。 - Number900号 - スポーツ総合雑誌ナンバー)に取り上げられるだけのことはあるなと、感心したのは昨日のことであった。フラフープ程度ではもう僕は驚かない。

玉井さんのピアノには感心しきりであった。青春賦のワンコーラスは玉井さんのピアノ伴奏だけだったと思うのだけれど(勘違いだったらごめん)、これはすごいことだと思った。自分の出す音だけが伴奏だなんてどれだけ緊張することか、合唱コンクールでいつもピアノ伴奏者だった僕は少しはわかっているつもりである。作曲者のしほりさんでさえ、生放送でとちっていたではないか。それなのに、玉井さんの堂々っぷりったら文句のつけようがなかった。ひょっとして、これは口パクならぬ指パクなのかと疑わなかったわけではないが、スクリーンに運指が大写しになっていたし、他会場ではとちったという情報も耳にしたので、やはり本当に生演奏だったのだろう。なお、そのピアノは、玉井さん用にかなり簡素なアレンジに変えられていたが、僕はむしろそのシンプルさが新鮮に感じられ、青春賦の新たな魅力が引き出されたと感じた。

高城さんはタップの最中、宙に浮いてるように見えた。以下略、また別の機会に……。

佐々木さんは、あの音出せば誰だってヒューヒューって言ってくれるだろうからずるいと思った。以下略、また別の機会に……。

有安さんは……、いや、ここで僕はドラムの村石さんの話をしたい。緊迫したステージが続き、そしてやっと彼女たちのMCの時間に入ったときのことだった。それまでかなり挑戦的なパフォーマンスを披露してきた彼女たちが、ここで初めて観客に語りかけるのだが、そこで彼女たちはかなりどうでもいいことをまとまりなくグダグダと話し始める。今回初めてライブを見た人には評判が悪かったようだが、これは慣れが必要かもしれないけれどお約束なのだ。僕は毎朝通勤バスの中で聞こえてくるA高校の女子生徒たちの他愛ない会話を思い出す。

僕はそのときふと、このグダグダぶりをダウンタウンももクロバンドの面々はどう思っているのだろうと不安になってステージを双眼鏡で観察した。そうすると、ギターの西川さんも、ベースの浜崎さんも、キーボードの本間さんも、わりとリラックスした「やすめ!」のポーズでヘラヘラとした笑みを浮かべながら彼女たちの話を聞いていたので安心した。そうだよね、もう慣れっこだよね、ていうかこれこそももクロちゃんたちの魅力だよね。

ところが、ドラムの村石さんに焦点を合わせたとき、僕はちょっと凍りついてしまった。村石さんはイライラしているように見えるほどの恐い顔をしながら、スティックを握りしめてスネアを叩く動作をしている。鍛え上げられた上腕の筋肉が収縮を繰り返しているのが見える。ももクロちゃんたちのMCなんかこれっぽちも聞いていない。村石さん、グダグダした会話に怒ってるんだろうか。ほんとはこんな仕事、やってられねえって思ってんじゃないだろうか。僕の不安は増した。スティックはドラムヘッドには当たらないものの、ときどきリムをかすめてわずかな音が発生し、胴の振動がこちらにまで伝わってくる。

やばい、村石さんは怒っている、と僕が思ったそのとき、ももクロちゃんたちのMCが終わり、突然ステージの床に穴が開いて、ドラムセットに囲まれた有安杏果さんがせり上がってきた。そして、有安さんと村石さんとの壮絶なドラム合戦が始まった。

このとき僕は真相を悟ったのだった。村石さんは怒っていたのではなく、有安杏果とのドラム合戦に備えて本気でウォーミングアップしていたのだ!

有安さんは後半リズムが乱れたようだったが、村石さんは手を抜かなかった。僕はももクロちゃんに全力で真剣勝負を挑む村石さんに感動していた。そして最後のあいさつでは、有安のドラム良かったよね!っと僕たちに向かって叫ぶ優しさを見せた。

アマランサスも白金の夜明けも今となっては遠い過去のことのようだ。

またスケジュールがうまく合って、ももクロちゃんたちのライブに参戦できる日がくるといいなあと思いつつ、なぜか僕はここのところ、暗い音楽が聞きたくなって、山本精一とかPhewとかを聞いたりして過ごしている。


2016/02/12

雪だるままんじゅう

雪だるままんじゅう01


2016/02/07

北海道といえど2月はもう春だ

円山公園

本日も最高気温マイナス2℃、最低気温マイナス9℃の真冬日だ。

それでも午前中の陽光に誘われて、私はいつもの公園に出かけた。

日照時間が一番短いのは12月の冬至で、その後はどんどん日が長くなっていく。それなのに、寒さはいっそう厳しくなるばかりで、毎年春は迷わず来てくれる、ということを頭では分かっていても、今年は来てくれないんじゃないだろうかと不安になる。

だが、きのこ写真家の新井文彦さんは、それを逆手にとってポジティブにとらえている。


2016/01/13

2015年に読んだ本ベスト5

年間100冊はミステリィを読みたいと思っているのですが、なかなかそうもいかず、昨年は50冊ほどにとどまりました。友人のブログで「今年読んだ本年間ベストテン」みたいなのを見て、オレもやりたい!と思ったのですが、新刊の単行本を読むことはほとんどないし、意地でも気長に文庫化を三年待つ、いや、それどころか、さらに文庫が某大型古書店に流れて値崩れするのを待つ、というのがふだんの私です。そんな私が、たった50冊のなかから10冊選んだところで、今更感満載のしょぼいベストテンになるのは目に見えています。

でもやっぱりやりたいので、遅きに失した感はありますが、2015年度の私的ベストファイブを選んでみました。

第5位 麻耶雄嵩 神様ゲーム (講談社文庫)

推理を間違った探偵が失意のあまり失踪、探偵役が解決を全く解説しない、名探偵より優秀なワトソン役、一度解決した物語を破壊して多重解決、捜査も推理も全部使用人にやらせる探偵など、ミステリィの構造そのものに対する問題提起を続ける孤高の推理小説作家、というのが私の麻耶雄嵩に対するイメージです。

本書は「神」が探偵なので、どんなに意外だろうが、どんなにあり得なかろうが、神が名指しする犯人こそが真犯人であることに疑いを持つことは許されません。それでも巷のネタバレサイトでは、まるでヨブが神と対峙するみたいに、様々な整合性の検討が行われています。しかし、理不尽こそ神の特質ではないでしょうか。また、作品における神はどうあがいても作家なのです。

麻耶雄嵩は2012年以前の作品はすべて読みましたが、寡作な人なので、全部読み切ってしまうのが恐く、新刊の単行本には手を出していません。「さよなら神様」「貴族探偵対女探偵」「化石少女」「あぶない叔父さん」の文庫化を気長に待ちたいと思います。

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